「なぜ、スモーキングを着るかというと、英国紳士といえど女房が恐いんだな。ビジネススーツで紳士倶楽部へ行き、葉巻を吸い、酒を飲んで、カード遊びをする。すると、上質な洋服ほど煙を吸うだろ。家に帰れば、ニオイでバレる。だから倶楽部で着替えるのさ。男の知恵だな。世界中どこでも女房の前に英雄ナシだ」。
『JAPANESE DANDY』という写真集がある。日本中から130名の洒落人を集めたこの本のなか、ターンブル&アッサーのスモーキングを着た島地が収まっている。ウィングカラーのシャツにスモーキングを羽織り、乗馬ブーツを合わせている。パイプを咥え、煙を燻らせる島地の姿はスーツが大半の本のなかでは異色な画だが、なんともいえない男の色気と存在感を示していた。重厚かつ豪奢だが、ふわりと巧みに抜いている。スモーキングジャケット姿とは、斯くも洒脱な男の服であった。
壱番館洋服店に註文したスモーキングジャケットは、スモーキングキャップをセットにして今後はサロン・ド・シマジで誂えることができるという。採寸には渡辺自らがここへ赴くという。デザインや生地は思うがまま。これぞビスポークの醍醐味である。そしてこの秋、サロン・ド・シマジは5周年を迎える。
「これをサロンのユニフォームにしよう。ここでみんなで着ようじゃないか。預かりサービスもやるのはどうだ。スーツで来たら、これに着替えて、また自分のスーツで帰ればいい。さっそく預かり用ロッカーを用意するのだ。ここで究極の男のお洒落を学ぶといい。どんなサラリーマンでも週末ここへ来てスモーキングに着替えた瞬間、お洒落な自分が表れるのだ。最高じゃないか。これぞ男のお洒落の醍醐味であり、人生の醍醐味なんだ。楽しいぞ、これは」。
隅で話を聞いていた私のほうを向いて、こう続けた。
「女にモテる。大金が入る。楽しいことだらけだ。だがな、それで幸せになるかどうかは、わからないぞ。人生というのは、そういうものさ」。
グラスを煽った島地がニヤリと嗤った。灰皿の上の葉巻がほこりと落ちた。
Text:Ikeda Yasuyuki
Photo:Eto Yoshinori
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