【対談】島地勝彦×壱番館洋服店・渡辺新|男は隠れ家でスモーキングを誂える。(1/2)
「スランジバー!」。ゲール語で「健康と幸運を祈る」意の乾杯の声。バーマンをつとめる島地勝彦と、銀座壱番館洋服店の主・渡辺新がカウンターを挟んでグラスを合わせると、カランと氷が小さく音をたてた。
島地勝彦と壱番館洋服店・渡辺新
この日、渡辺は島地が註文したスモーキングジャケットの仮縫いにやってきたのだが、すぐに仕事に入らせないのは島地の流儀か。葉巻に火を点け、ゆっくりと燻らせると、しばし男同士の歓談である。これが今宵の酒の肴。シングルモルトの話、葉巻の話、本や音楽、旅の話、etc.。
肴が一段落したころ、持参した仮縫い中のジャケットを渡辺がガーメントケースから取り出した。島地が袖を通すと、渡辺は丁寧にそれを確かめていく。深い紫色のシルクベルベット。ドーメル社の生地である。雄々しいショールカラーはキルティングに切り替えされており、ターンナップした袖のカフにモール飾りがあしらわれている。打ち袷にトグルを使った優雅な一着である。
「男の究極のお洒落はスモーキングなんだ。昔、ターンブル&アッサーで作ったものがあるんだが、そいつはコットンベルベットで少々重たい。イタリアで仕立てたそれは、しなやかだった。だから、そっちで頼むといったんだ。どうだい、この色。満月のガーデンパーティに着て行きたくなるね」。
まだしつけ糸が走るジャケットを羽織って、島地は終始ご機嫌であった。このスモーキングは、島地の部屋で註文されたという。島地の部屋とは島地の仕事部屋であるが、別名をサロン ド シマジ本店という。シングルモルトを煽り、葉巻を吸いながらのビスポークであった。渡辺は振り返る。
「とらやの黒川社長が口やかましく仰っていることがございます。試食するときは席に座ってお茶を入れ、お客様が食べるのと同じ状況じゃなくちゃイケない、と。立ったまま味見なんて、絶対ダメなんだというんですね。先生のお部屋で、実際にお酒を葉巻をいただきながらスモーキングを誂えるのは、それに通じる思いがいたしました」。
スモーキングジャケットとはその名のとおり、ラウンジでシガーを燻らせるときに袖を通す上着である。一日に10回以上もの着替えを要した英国貴族が、食後に寛ぐときのため着替える服装であるとか、ジェントルマンズクラブに集う紳士たちが、ガウン代わりに着用する遊び着であったなど来歴には諸説あるが、島地は明快に答を斬る。
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