2021.03.12 update

【鼎談】<リッドテーラー>から新しいメイド トゥ メジャーが登場!「スタイルド・ビスポーク」とは


*左から、メンズテーラードクロージングのバイヤー山浦勇樹、「ソーイング商会」の島村慶寛氏、<リッドテーラー>の根本修氏

伊勢丹新宿店メンズ館5階フロア、メイド トゥ メジャー(以下、MTM)の一角を担う<LID TAILOR/リッドテーラー>に新たに仮縫い付きのメニューが登場します。生産を請け負ったのは、昭和39年に創業されたフルハンドメイドスーツの老舗工房「ソーイング商会」。<リッドテーラー>の根本修氏、「ソーイング商会」の島村慶寛氏、そしてメンズテーラードクロージングのバイヤー山浦勇樹が侃侃諤諤、その魅力を語り尽くします。


工場というより工房


──まずは仮縫い付きのMTMを立ち上げる経緯をお話しいただけますか。

山浦:メンズ館のリモデルと同時に誕生したMTMもすでに7年。僭越ながら、目の肥えたお客さまが増えました。彼らは次のステップとして海外にまで足を伸ばし、ビスポークに挑戦するようになった。これ自体は喜ばしいことですが、我々としても受け皿を用意する必要があった。それが、仮縫い付きのMTMでした。
一段上のMTMを提案するにあたって、もうひとつ念頭に置いたのは日本のものづくりはまだまだ捨てたものではない、ということを知らしめることでした。

──そうして声をかけられたのがソーイング商会だった。

山浦:お邪魔させていただいたのはいまから2年ほど前のこと。もともと弊店オリジナルのオーダーメイドを手がけていただいておりました。わたしも寡聞にして知りませんでしたが、取引歴はすでに40年に及ぶそうです。
実際に現場にうかがって、ファッション業界に身を置くものとしては非常に勇気づけられました。確かなものづくりはいわずもがな、「ソーイング商会」は次代へつないでいく態勢も整えていたのです。


──百貨店業界なら知らぬ人はいない、まさに知る人ぞ知る存在ですね。

島村:当社は東京オリンピックの年、1964年に誕生したフルハンドメイドスーツの工場です。創業者は、奥村幸雄。福岡で生まれ、はやくに街のテーラーに弟子入りし、縫製技術を習得しました。長じて東京に出て稲葉裁断研究所で製図を学びます。研鑽を積んだ奥村は木村慶一賞という当時もっとも権威のあった賞を受賞しました。起業してからは百貨店を中心にOEM生産を手がけてまいりました。



山浦:その最大の特徴は、ひとりの職人が丸ごと1着仕立てる態勢です。
根本:むかしでいう、一本縫いですね。
島村:この態勢を守ってきたから、根本さんの注文にもなんとか応えられたと思っています。
根本:丸々一本縫うということは責任感がまるで違いますから、仕上がりにもその差ははっきりとあらわれます。
山浦:一歩足を踏み入れて、工房の熱量に驚きました。数えてみたら縫製の現場だけで10人を超える職人が在籍していましたが、そのほとんどが20代。そしてみな、前向きでした。



山浦:我々が売りにしたかった職人さん方は、上は80代で、下は19歳。

──真ん中の世代がぽっかり空いているのは高度経済成長の弊害ですね。その時代はどこの製造現場も人集めに苦労しましたが、ここを耐えてふたたび継承の道をつけられたのには頭が下がります。

山浦:わたしは、そこに根本さんを混ぜることで化学反応を起こしたいと考えたのです。


スタイルド・ビスポークという考え方


──イセタンメンズのMTMには指折りのテーラーが揃っています。根本さんに白羽の矢を立てたのはなぜですか

山浦:一癖も二癖もある思想、知識に裏打ちされた職人仕事に一目置いていたからです。そしてそれは大いに現場の刺激になるはず、と期待した。しかしこれがたいへんでした。はじめてこのアイデアを持ちかけたときはほとんど門前払いでしたから(笑)。西荻窪のアトリエに日参し、2年かけて口説きました。

根本:門前払いは人聞きが悪い(笑)。すでに従来のMTMとぼくが手がける<リッドテーラー>のビスポークが存在するなかで、あらたに立ち上げるならどういう落としどころがあるのか──これを真摯に考えていただけですよ。


──どのように棲み分けたのでしょうか。

根本:型紙はぼくが引きますが、手が違えばおのずと新しいスーツが生まれます。結論からいってしまえば、それで十分じゃないかと思いました。

山浦:型紙はマスターパターンからのグレーディングですし、毛芯もベースとなるモデルがあります。この点ですべてを一からつくるビスポークとは異なります。

根本:じつは少し前からマスターパターンに興味がありました。自身のハウススタイルを崩さず、より多くの人に届けるためにどうするか。その答えがマスターパターンだったのです。


──つまり、この点でも「ソーイング商会」とスーツをつくる意義を感じられたということですね。

山浦:わたしどもはこのあらたな仮縫い付MTMをスタイルド・ビスポークと呼んでいます。


ゴーサインが出てからも1年がかかった


──デザインの特徴は?

根本:<リッドテーラー>創業から変わらぬサヴィルロウへのリスペクトがかたちになっています。これを自分のなかで咀嚼して、いまはもちろん、10年後も着られる“ふつう”のスーツを目指しました。ラペルひとつとってもその幅からゴージ位置、刻みの形状まで自分が考える“ふつう”を具現しています。

山浦:ぼくから言わせると、根本さんのいう“ふつう”をかたちにするためのこだわりが尋常じゃない。たとえばフラワーホールの指示はこんな具合です。幅1インチで、切り替え線にかからないように──これほどうるさい指示は(笑)、いまだかつて聞いたことがありません。

根本:いまはそんな使い方をする人はいませんが、フラワーホールは元来花を挿すためにあったわけです。であれば、花を挿したときのバランスを踏まえる必要がある、ということです。ラペルという額に花びらがうまく収まるように。長い経験から導き出した黄金比です。



山浦:このスーツはドレス好きならよだれが出るようなつくり込みのオンパレードであると言いきれますね。

根本:ただ、そういうことをことさら喧伝するのは違うと思うんです。

山浦:おっしゃることはわかります。生地メーカーのタグを生かした耳やブランドタグを不要とお考えになる根本さんですからね。“けれんみ(はったりやごまかしの事)”の真逆にあるのが根本さんだと思う。

根本:本質が正確に伝わることが大切ですから。

山浦:根本さんのお考えに異論はありません。異論はありませんが、このスタイルド・ビスポークは立ち上げることが決まってから1年もの時間がかかっています。その苦労にまったく触れないというわけにはいきません(笑)。みずからの口で語るのに躊躇されるのであれば、島村さんにご登場いただきましょう。

島村:ここまで膝付き合わせてすり合わせたのもはじめてなら、根本さんのリクエストもはじめてのものばかり。まずは大いに触発されたことをお伝えしたいですね。短くない期間、この仕事をしてきましたが、そんなわたしでさえ日々驚くことしきりでした。

では本題に入りますね。スラックスをみてください。サイドシームにキセ(ゆとり)を入れているのがおわかりになりますか。

これは60年代の<ハンツマン>に倣ったスペックだそうです。<ハンツマン>といえばカントリーウェアから始まったイギリスの名門老舗。可動域を考えた工夫なんでしょうね。

裏地のダーツはキセを入れてとめているだけ。普通ならきれいに縫いとめるところです。こちらは<チフォネリ>のスーツに影響受けたとか。


島村:マスターパターンのすばらしさは形容しがたいものがあります。ハンガーにかけただけで凛とした佇まいがあらわれる、とでもいえばいいのでしょうか。

ひとえに細部にわたってこだわりぬいた賜物ですが、なかでも毛芯は秀逸です。薄く軽やかに仕上げつつ、それでいて胸まわりの立体感は十二分に担保されています。

(ここで職人の長嶋誉司子さんが輪に加わった)

長嶋:穴糸の考え方にもしびれました。わたしはブルー系の服地に対し、オリーブの糸を選びました。根本さんは相性抜群の糸だねとおっしゃられた上で、こう続けられたんです。「だけどぼくならオリーブはお客さまのためにとっておきたい。つまり、彼らが締めるタイのためにとっておきたい色ですね」と。お客さまがオリーブのタイを締められるなら、オリーブの穴糸は少々トゥーマッチ。お客さまのためにその色を残しておく、という考え方がたまらなく素敵でした。


長嶋:そして実際に根本さんが選ばれたのは、ブルーグレー系の糸。地の色を拾われて、さりげなく主張させた。目から鱗が落ちたバランス感覚です。黒子に徹したいなら服地と同じ色にすればいいんです。古着から学ばれたというこの美意識には舌を巻きました。

根本:その技法をマスターすべく多くのテーラーのスーツをバラしてきましたから。


──こういう若い人たちにご自身が吸収したものが受け継がれていったら、こんなうれしいことはないんじゃないでしょうか。

根本:ソーイング商会はさすが一本縫いができる工場だけあって、ベースはしっかりしています。しかしそれ以上に感じ入ったのは、何事にも貪欲で、これからの伸びしろがいくらでも期待できる点。ぼくのすべてを出し惜しみすることなく注いでいきたい。

ぼく自身、いまみても圧倒される伝説のカッターとか、機会があれば亡くなる前に話を聞きたかったと思いますもん。

──これで死んでも悔いがないと、そういうわけですね。

根本:いやいやこれからもまだまだがんばらせてください(笑)。

 
イベント情報
リッド テーラー>採寸会
  • 根本氏来店:11時~6時(予約制)
    • 開催場所:伊勢丹新宿店 メンズ館5階 メイド トゥ メジャー
営業時間変更のお知らせ


オーダー詳細

  • メイド トゥ メジャースーツ:108,900円から(お渡し:約5週間後から)
  • 仮縫い付きメイド トゥ メジャースーツ:273,900円から(お渡し:約3か月後から)

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Photo:Natsuko Okada
Text:Kei Takegawa


*価格はすべて、税込です。
*本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。商品の情報は予告なく改定、変更させていただく場合がございます。


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伊勢丹新宿店 メンズ館5階 メイド トゥ メジャー
電話03-3352-1111 大代表
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