【インタビュー】鈴木一郎(デザイナー) |もうひとりのICHIRO

鈴木一郎
大阪府出身。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを経て、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのファッション学部にてメンズの修士を修了。在学中より、ロンドン・サヴィルロウの老舗テーラー<ヘンリープール>にてカッターを務め、2012年には、欧州最大のファッションコンテストの一つである「ITS(インターナショナル・タレント・サポート)2012」ファッション部門においてグランプリを獲得。現在は、フランスのデザイナーブランドのメンズデザインチームの一人として活躍中。
鈴木はコンペ荒らしだった。
アート、デザインの分野で世界の格付け1位にランクするRCA(=ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)の授業料の半分はそれまでに稼いだ賞金で賄った。卒業の年に国をまたいだ新人デザイナーのコンペ、ITSでグランプリを受賞すると、いくつものファッションハウスから声がかかり、だれもが知るブランドに籍をおいてすでに3年が経つ。これ以上ない華やかな経歴だが、それは鈴木の一部にすぎない。ロンドンから電車で1時間あまりのイーストボーンの語学学校での3ヵ月を経てLCF(=ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション)に入学した鈴木は当初、デザインの授業はすっぽかしてひたすら縫っていた。

テーラリングの世界を順調に血肉としていく鈴木は翌年の進路でイタリア研修のコースを選ぶ。ところが、「学生が集まらず中止になった」。

テーラーの革命児
クリエイターやデザイナーのフロアに足繁く通ったカスタマーがいざスーツを誂えようかとなったとき、十中八九が鈴木のスーツを手にとるんですと三越伊勢丹のバイヤー、鏡陽介はいう。鈴木のフィルターをとおしたそのスーツには、マスキュリンさのなかにどこかモードな匂いも漂う。
緯糸を抜いて、よれたタータンチェック、キューブをプリントとパッチワーク、立体で表現したコート、異なるアウターをノコギリの刃のような刺繍で縫い合わせた一着…。素人目にみても従来の服の概念をかるく超えていた。これまでにつくり溜めた作品のゆたかな発想力はもちろん、具現化する技量も圧巻だった。

「ラウンジスーツのような、未来永劫つづくクラシックをつくりたい」
鈴木には要所要所で手を差し伸べる人がいた。LCFのアランがかれに目を留めたのは入り浸った生地屋でつくった、じつに詳細な生地スワッチのポートフォリオがきっかけだった。日本人初の栄誉に飽き足らなかったヘンリー プール時代のかれはだれもが一目おいた。
賞金では工面しきれなかったRCAの学費の残りを援助してくれたのは<ヘンリープール>の七代目である。
Text:Takegawa Kei
Photo:Fujii Taku