【インタビュー】5シーズン目の<CALMANTHOLOGY/カルマンソロジー>が目指した、原点回帰のカタチとは?
そしてまた、新たなページはめくられた──大きく動いた心の針は、原点へと回帰する。
金子氏への過去のインタビューで、<カルマンソロジー>の世界観や創作プロセスについて詳しく知ることができた。いや、知ったつもりになっていた。静謐な「言葉なき詩集」というブランド名の由来そのままに、テーマは見開き(1年)2ページ(シーズン)ごとに変化していくということも、ご本人の口から語られた“秘密”のひとつだ。そして前回「PAGE.04」についてのインタビューでは、「PAGE.05では自分なりの原点回帰を企図している」と教えてくれた。原点回帰、つまりはデザインだけでなく、自らの靴づくりに関わるあらゆる工程に関与する“靴人”をして、「究極のスタンダード」と位置づけるファーストコレクションの12型を再構築するのだろうか?──そんな筆者の想像は、実に陳腐で浅はかであったと思い知らされた。
「PAGE.03では、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブをインスピレーション源に“踊ることなく踊る”というテーマで自分の中の“針”を大きく動かし、PAGE.04では女性モデルを使ってジェンダーレスかつモードな世界観を表現しました。これらを踏まえて、動かした“針”を元に戻す必要性を強く感じていたんです」
だが、「完璧」にして「究極」の12型をイジることは、最初からまったく考えていなかったという。
「原点回帰をするにしても、それは原点であるファーストコレクションのデザインを見直すという意味ではありません。僕のなかでは、文字通り“完璧”な12型なのですから。しかしこの“究極のスタンダード”を補完する、スパイスのようなチームを新たに加えたいと考えたんです」
キャップトゥ、ダブルモンク、ウィングチップなどの王道をいくデイリースタンダードではないけれど、週に何度か、あるいは月に何度かは必ず履きたい気分になる日がある──。まるで<カルマンソロジー>というシンプルかつ複雑な料理において、絶対に欠かすことのできないスパイスのような存在。そんな新作を追加することで、「究極のスタンダード」にさらなる厚みと深みをもたらすこと。これこそ、金子氏にとっての“原点回帰”だったというわけだ。
「製作するときには『スパイスとして効いてくるもの』をイメージしながらデザインしているのですが、実際に製品としてラインナップされたら、もうただのスパイスではない。<カルマンソロジー>という世界の一部になっているんです。この過程は、まさしく料理のようなものかもしれませんね」
金子氏のなかで、“スタンダード”と“スパイス”のあいだに優劣はない。なにが“スタンダード”でなにが“スパイス”となるかは、あくまでユーザーの嗜好性によると考えているからだ。
「だって、その選択こそがファッションの醍醐味ですから(笑)」
“究極”すらも深化させる、スパイス的ニューモデル
<カルマンソロジー>という世界を、さらに深化させるスパイスのようなコレクション。具体的にはどんなモデルが新たに誕生したのだろうか?
「すべてスパイスのような役割を意識して製作したものの、結果として特に共通点があるわけではない4型が完成しました。これらはPAGE.03や04という過程を踏んでいるからこそ作れたもので、PAGE.01で作りたいと思っても、決してできなかったモデルたちです」
そんななかからまず紹介してくれたのは、さりげない異素材の切り替えが際立つ「POLISH BOOTS」だ。
「このポーリッシュブーツは、18〜19世紀にポーランドの女性たちが履いていたブーツがベース。本来はシューレースがリボンで、ヒールも高いフェミニンなもの。それを現代のメンズシューズとしてデザインし直しています」
コンパクトなヴァンプラインからかかとに向けてのラインは、かなりせり上がって見える。これは紳士靴の低いヒールでも、かかとと一体化したグラマラスな“ヒップライン”を描き出すための工夫だ。そしてシューレースには、一般的な蝋引きコットンではなく、より光沢のあるレーヨン製のものを使用している。これも、オリジナルのリボンのフェミニンさを金子氏流に再解釈したもの。そしてこのシューレースと履き口に使用したべロアカーフの組み合わせには、さらに驚くようなギミックが隠されていた。
「このべロアカーフは、スエードの最高峰タンナーとして知られる英国のチャールズ・F・ステッド社によるもの。ダークブラウンのべロアを国内の工場でブラックに染め、さらに樹脂コーティングを施して、あえて表面にムラのような均一でないテクスチャーを与えているんです」
最初からブラックのべロアを使用するのではなく、「完璧なダークブラウン」をわざわざ黒に染め直すなどの加工を繰り返してまで表現したかったものとは、一体なんなのだろうか。
「靴は古びて見えた方がカッコいい──僕はそう思っていて、履き込んでいくことで黒い染料が徐々に落ちていき、アタリやシワの部分からダークブラウンの下地が見えてくる経時変化を狙っています。レーヨン製のシューレースには、リボンのような光沢感だけでなく、自然に揺れ動くなかで革の表面を擦ってくれる、摩擦力が高いという特徴もあるんです」
きめ細かく美しいべロアカーフの表面に樹脂コーティングをかけているのも、「樹脂が割れることによって生まれる、ヴィンテージのような風合いを表現したかった」からなのだとか。あえて高級感を前面に出さない最高級というのが、いかにも金子氏らしいと言える。
履き込んで中物のコルクを沈み込ませることで、羽根の部分がドレスシャツの襟のようなフォルムを形作る「SOUTHERN TIE」という新木型を採用した外羽根式プレーントゥ、着用時のベロの立ち上がりの美しさのみを徹底的に追求した、「SHORT VAMP」というスリッポン、パンプスのようなスロート一体型の履き口と、クロコ型押しのキップレザー製タッセルが印象的なローファーなど、その他の新作も微に入り細を穿つこだわりは、「POLISH BOOTS」に勝るとも劣らない。いずれもスパイスという範疇には収まらない、主役級の傑作揃いだ。
今回のインタビューでは、金子氏の禅問答のようなデザイン考察と、その結論としての表現やディテールとの相関。そして先人たちが生み出してきた、数々の歴史的“定番”のデザイン的必然性などにも話が及んだ。だが詳しくは……残念ながら、また次の機会に。興味をおもちの向きは、ぜひ会期中にイセタンメンズで。渾身の新作に込められた思いと併せ、直接金子氏自身に尋ねてみてはいかがだろうか。
- メンズ館地下1階=紳士靴
Text:Junya Hasegawa
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