2017.09.26 update

就活生が「着たい!」を具現化にしたファーストスーツ

9月20日、伊勢丹新宿店メンズ館5階=ビジネスクロージングに、ひとつのスーツが展開された。それは伊勢丹と就職を控えた学生たちがコラボレートした「戦闘服」。就活用のリクルートスーツとして、社会人のビジネス勝負服として着られるスーツを創り出すというプロジェクトから生まれたものだ。

「ファーストスーツ」と名付けられたこのスーツを創りだすプロジェクトは、学生たち自身が着たいと思うデザインを学生自らがデサインし、出来上がったスーツを実際に身に纏い、第一線で活躍する有名企業の経営者と会食できるチャンスを得られるというもの。そんなドリームプロジェクト『夢選考プロジェクト』から誕生したコンセプトスーツである。プロジェクトはほぼ1年がかり。先頃、最終パートの食事会が終了した。そしてついにこの秋、夢のスーツが店頭に並んだ。


三者対談出席者
杉岡侑也さん 株式会社Beyond Cafe 代表取締役社長
東京・渋谷にある学生たちの就職支援を行うフリースペース、Beyond Cafe代表。23歳でフィンテック系ベンチャーに就職しキャリアをスタート。

木村リカルドさん 株式会社TBI JAPAN インフルエンサー マーケティング事業部 事業責任者
学生時代、BRYOND CAFEと伊勢丹とのコラボレートした『夢選考プロジェクト』でファーストスーツを創り、憧れの人に会いにいく企画に参加。

篠崎克志 株式会社三越伊勢丹 仕入構造改革統括部 紳士・スポーツ商品部 商品開発担当  バイヤー
国内外の縫製工場、生地メーカーに精通しイセタンメンズオリジナルスーツの企画に関わる。今回の『夢選考プロジェクト』を影で支えるキーマン。


将来の一流ビジネスパーソンたちがいま本当に着たいビジネススーツ


―――学生と伊勢丹のコラボスーツは、どういうきっかけで生まれたのでしょう?

杉岡 社会に羽ばたいていく学生たちの夢を、みんなに応援してもらう物語ができたら良いね、という話しから始まりました。カネもない、コネもない。でも無限の可能性を秘めた「夢」だけはある若者たちを、大人たちが応援するというプロジェクトです。将来、一流のビジネスパーソンになる若者には一流の「戦闘服」、スーツを身に纏って貰いたい。一流のビジネススタイルとは単なるお洒落ではなく、場をわきまえ自分自身をアピールするものです。そこで学生たち自身が“一流”のビジネススーツをプロデュースして、実際にそれを着て、一流の人に会いに行く物語。それが『夢選考プロジェクト』です。

篠崎 この話を聞いたとき面白そうだなと思ったんです。僕自身も学生の頃はスーツについてなにも知らなかったですから。未来のお客様となってくれる若者たちを応援すると同時に、自分がいま携わっているモノ作りについて一緒になにかできるなら、より有意義だと思い、ぜひ協力したいと申し上げました。

―――就活スーツ、つまりリクルートスーツということですか? いまワーキングスタイル自体が様々に変化していて、スーツの重要性は薄れてきているようにも思えるのですが?

木村 僕の周りではそんなことはないですね。やっぱり就職を考えだす頃には「スーツが必要だよね」という話になります。「リクルートスーツ買った」と「エントリシートだした」は、同じぐらいの意味があります。ぼくも2着ほど買いました。ただ、みんな黒や紺の無地のスーツを用意しますが、僕のスーツは2着ともストライプの柄入り(笑)。僕自身の個性というか、主張を表したかったので、就活に柄物スーツはNGって言われたんですが、自分のスタイルでやってみたいと思ったので。

杉岡 学生さんの中にはスーツなんて面倒くさい服だと思っている人もいるかもしれません。しかしBeyond Cafeに集まってくる若者たちと話し合うと「人って外見に内面が表れてくるから、内面を豊かに磨いていくことで身嗜みを大事にする大人になっていくものだ」という意見が少なくないんです。いまスーツを大切に思う人はまだ少ないかもしれないけど、必ずそう考える人たちがたくさんでてくるはずなんです。


―――なるほど。ということは、まだ経済力がなかったり、スーツを着る機会がないだけで、本当は内面が豊かな人、いずれ必ず一流のスーツを着ることになる若いひとたちに、いまその機会を与えてあげることに意味があるということですね。プロジェクトが始動してからは、どのように進んでいったのでしょう?

杉岡 まず最初は学生たちが「これから社会で活躍するビジネスパーソンが着るべきスーツとは?」というテーマをかたちにするワークショップです。全国から200名ほどの応募があり、20名ほどを書類選考して参加してもらいました。メンズファッション誌『MEN’S EX』編集長・大野陽さんにもご協力をいただき、スーツとはどういうものなのか、その歴史や着方の基本などを教えていただいて実際にスーツをデザインしていったんです。

木村
就活だけでなく社会人1年目にとって、どういうスーツが理想的かもみんなで話し合いました。スーツの歴史なんて知らなかったけど、シングルとダブルの違いや、どういうシーンで着るべきものかなど、知識として興味深かったです。生地選びとかボタン選びは、けっこうみんな意見がバラバラで難しかったですが。

杉岡 完成したスーツは学生にプレゼントすることが最初から決まっていました。学生たちは実際にスーツを着て、高級レストランで憧れの経営者と会食ができるんです。今回、お会いしたのは株式会社C.A.MOBILE代表取締役社長石井洋之さんです。石井さんは大学卒業後の2002年に株式会社サイバーエージェントに入社されて、5年後の2007年に子会社である株式会社CAテクノロジーの創設にともない代表取締役に就任されています。創業4年目で年間10億円の売上高を達成するなど実績を上げ、2010年12月には本社取締役に就任されました。2015年にはモバイルコンテンツ事業を展開する現在の株式会社シーエー・モバイル代表取締役に就任されています。

木村 憧れの社長を囲んでの食事会で、皆が自分たちの夢を語りあったんです。

杉岡 レストランは石井社長が選んでくださいました。そこで自分たちの夢を応援してもらえる有意義な食事会でした。

―――レストランが高級過ぎて、緊張で味わからなかったなんてことは?

木村
いえいえ、食事もすごく美味しかったです!


いま着たいスーツのコンセプトは「知的エロ」


篠崎 ワークショップの途中で印象的だったのは、メンズのファッションは、「モテたい」、「人からどう見えるだろうか」など、よこしまな気持ちが原動力になることがあります。どのチームにもそんなキーワードが入っていました。これは、学生も大人も男って同じなんだな、世代が違っても根本はかわらないんだなぁ、と思いました(笑)。

杉岡 「セクシー」とかってキーワードが出てなかった?(笑)

木村 ありましたね。「モテたい」とか「2割増し」とかも。スーツはカッコいいと思っているので、積極的なフレーズが数多く出たんだと思います。

杉岡 だいたいみんなダブルのスーツを一度は考えていたよね。

木村 ダブルは着回しにくいかな、と。着回しがしやすいことも大切だと考えていましたので。

篠崎 私は皆さんに先入観等を持たずに挑んでもらいたかったので、具体的なアドバイスはできるだけしないようにしていたんです。始まって15分ぐらいは派手な色柄の生地を選びだしたので、これはマズいと頭を抱えていたんですが(笑)。自由にやってもらってはいましたが、突拍子もない仕様には口を挟もうとも思っていました。でも、そういった心配は無用でしたね。優秀な学生さんたちはすぐに「自分が着たいと思えるスーツ。同時にほかの人がみたときに、買いたい!と思えるスーツ」を考え始めたんです。

杉岡 最終的に選ばれたのは「知的エロ」というコンセプトを表現したスーツでした。

木村 いま僕が着ているスーツがそれです!

篠崎 知的とは仕事ができるということで、エロはモテを指しています。

杉岡 エロには「大人の色気」という意味もあると思っていて、まだまだ色気のない若い学生たちが憧れるキーワードでもあります。だから裏地をパープルにしているんです。ジャケットを脱いで、パサっと投げたときに裏地が紫で女性がハッとするみたいなイメージですね(笑)。

篠崎 仕事ができるというのは、生地の「光沢」に表れているそうです。私たちの立場からすれば「光沢」とは、上質な生地感のことを指していると思います。金銀糸やシルク素材を使った光沢ではなく、原料の品質そのものが良いということですね。


―――完成したスーツについて、すこし見てみましょう。

篠崎 いろいろなブランドの生地を用意していたのですが、学生さんたちはブランドなんて気にしません。でも結果的に選ばれたのはカノニコ社のウール100%、すこし明るめのネイビー無地でした。双糸×単糸のツイル生地でイタリアの高級生地メーカーであるカノニコ社がもっとも得意としているものです。カラーパレットが豊富ですが、学生さんたちはジャストトレンドの明るいネイビーを指定してきました。

杉岡 これはリクルートスーツとしてだけではなく、社会人一年目も着られるファーストスーツとして考えたので、濃紺よりはすこし明るめが好まれたようです。

篠崎 この生地なら仕事のできるビジネスマンがイメージできます。柄より色を重視したセレクトですね。ベースとなったスーツのモデルは、イセタンメンズの「モダンクラシック」。ラペルはやや広めでゴージ位置も高めのイタリアンスタイルですが、ウェストの絞りを効かせているあたりはイギリス的な要素を取り入れています。組下のパンツはノープリーツです。ジャケットのラペルエッジのピックステッチや、袖付け、襟付けは、とても味わいのある「粋」な顔つきになっています。

―――いいスーツですね。新入社員でこのスーツを着ていたら、ちょっと生意気ですねー(笑)

「いいスーツを長く着たい」本物志向世代だった現代の若者たち。


篠崎 このファーストスーツは、9月20日(水)から伊勢丹新宿店メンズ館5階=ビジネスクロージングで限定販売が開始されています。サイズは42〜52まで用意しました。この企画を引き受けた時に、現代の若者たちはもっと冷ややかに「スーツなんておじさんの着るもの」って捉えられているかなと悲観的に思っていたら、すごくみんなポジティブに捉えてくれていることに驚きました。初めての社会人スーツに機能性素材を選んだりするかと思ったら、そんなこともありませんでした。ストレッチやジャージーを選ぶかなとも思っていたのですが。「こっちの青より、この青のほうがいい」なんて言ってるんです。値段を明かしていないのに、自然と高い生地を選んでいる。イタリア生地が日本の生地とは、発色が違うという価値感も知っているようでした。学生でも、良いモノを見分ける目を持っているんです。

杉岡 いまの学生にも本物志向の人たち、本質的なところに辿り着きたいという人は少なからずいます。やっぱり本物を知りたいんです。流行ではなく、王道やスタンダードを選びたいという傾向はあると思います。


―――バブル世代、ロストジェネレーションときて、ゆとりと呼ばれる世代です。もっと刹那的かと思っていましたが。

杉岡 ぼくらの世代は自分たちって何だろうって考えだした世代です。生き方そのものも本質を知りたい。単なる見た目や値段だけでなく、そこに背景やストーリーのあるものに魅力を感じる世代です。

木村 個人的な話になるんですが、ジャケットやスーツ、ライダーズなどファッションは何年もつかえるアイテムは王道が欲しいですね。トレンドや流行モノはファストファッションでいい。ジャケットの良いものが欲しいなら、お年玉を貯めて伊勢丹メンズ館に行きます。

杉岡 そういう人、いま意外と多いよね。

木村 バラつきはあると思いますけど、少なくないと思います。親の影響もあると思いますけど。親が服好きだったり、良い服を着ているという人は、親からこういう服を着なさいと言われますし、やっぱり服が好きになると思います。

杉岡 大学生でポロシャツがラルフローレンだったら「こいつわかってるな」ってなるよね!

木村 ぼくの父はスペイン人ですが、スーツの選び方や、コーディネートについても一家言あります。ときどきいまの時代は違うんだよ!って反抗したい気持ちもあるけれど、やっぱり影響は受けています。そういう機会のない学生なら、スーツの情報なんてほとんど知らないと思いますが。

杉岡 スーツを買いにいった店で、初めてスーツに触れるのは仕方ないこと。しかも、だいたいオカンと行くでしょ。アウトですよ(笑)。

木村 リクルートスーツを買いに来ましたっていうと、ではこちらへって案内されちゃうんです。ほかのスーツを見る機会すらなくなっちゃいますから、情報なんて入ってこないし選択のしようもない。


杉岡 しかもお店によっては、ちょっと大きめのサイズを選ぶように進められるみたいです。僕の弟が就活したとき、店員さんから「あんまり、シュッとしないほうがいい」って言われたとか、学校でも就活生に配布されたプリントに書いてあるとか。実際に会社訪問して面接で接した社員の方が、ゆったりスーツを着ている方だったりする場合もあると思いますけど。

篠崎 こういうナマの声を聞けるのは、我々にとっても貴重な機会です。就活スーツって親御様と一緒に来る人が多いんです。そうすると親御様の意見は聞けるんですが、学生本人の意見が届かない。モノの良さに着目していたり、意外にスーツに対してポジティブだったり、今回本当に有益な意見を汲み上げることができたんです。

杉岡 こういう声って、待ってても聞こえてこないのだと思います。Beyond Cafeに集まる学生たちは、いずれ一流のスーツを着てくれる人たちだと信じていますが、待ってるだけじゃ時間もかかりますし。

篠崎 スーツは単なるサラリーマンのユニフォームじゃないってわかっているんです。若い人たちにスーツが重要なアイテムとして認められていると再確認する貴重な機会でした。

杉岡 社会に出たらスーツを着ることを楽しみにしている学生は多いと思います。学生たちはスーツを着ることで新しいステージへ進むことを感じているのではないでしょうか。入学式や成人式など、人生の節目で正装するという文化は日本でも少なからず残っていますし。社会人になることでスーツを着る。そこでひとつの瞬間を超えるという意識があるのだと思います。


木村 だって、勝負どころでスーツを着ると、テンション上がるじゃないですか!

篠崎 そういう若い人、もっと増えてほしいですよね。メンズ館のクロージングバイヤーは皆、スーツ着る意味や面白さ、喜びを人に伝えたいと思っています。毎朝、今日はどのスーツを着ていこうか頭を悩ませるのは、けっして無駄な時間ではありません。そのひとの人生を豊かにするための決断です。今回の「夢選考プロジェクト」では、学生さんたちにも早い段階でスーツの意味を理解してもらうことができました。今後、彼らが人生で勝負する必要があるときに、このスーツを選んで貰えたらすごく嬉しく思います。

Text:IKEDA YASUYUKI
Photo:TAKU FUJII

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