【インタビュー】デザイナー中嶋峻太氏が語る、「阿吽」の呼吸。夫婦の共作にフォーカスする、<ALMOSTBLACK/オールモストブラック>2021年のクリエーション。
『POST JAPONISM』というコンセプトが、これほど腑に落ちるブランドは他にないであろう。研ぎ澄まされた日本の美意識、世界のカルチャーを独自のモダンな感性でマッシュアップし、まったく新しく、"強いもの"を表現し続けるブランド、<ALMOSTBLACK/オールモストブラック>。そのデザイナーである中嶋峻太氏にインタビューを行い、さらなる進化を感じさせる今季のコレクションとその裏側にあるファッションとアート(カルチャー)の連関、さらには2021年秋冬から2シーズンにわたってフィーチャーするという芸術家、白髪一雄・富士子夫妻への想いを訊いた。
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日本の文化と美意識を世界に向けて発信する、先鋭のクリエーション
エスモードジャポンの本国パリ校で学んだ後、少数精鋭のラフ・シモンズのアトリエでおよそ2年間、4シーズンにわたって研鑽を積んだ中嶋峻太氏。帰国後に日本国内で着実にキャリアを築いていた川瀬正輝氏と運命的な出会いを果たし、2015年に満を持して設立されたのが<オールモストブラック>だ。その後、中嶋氏がコンセプチュアルな<オールモストブラック>を、川瀬氏が実用的でタイムレスな<プロダクト オールモストブラック>というブランドを担当する分業制へと移行。中嶋氏はモードとストリート、そしてアート(カルチャー)をシームレスに繋ぐ独自のクリエーションを追求し続けている。
そんな中嶋氏がファッションを志したきっかけは、ほかでもない。後に師事することになるラフ・シモンズによるランウェイショーをテレビで目にしたことだった。
「クチュールとストリートの融合とでもいうんですかね。パンクな精神を貫きながら、エレガントでモードに仕上がっているコレクションに衝撃を受けました。当時(1990年代後半)は(グラマラスでセクシーなデザインが特徴の)トム・フォードの絶頂期でしたからね。
(学びの場として)エスモードを選んだのは、パリ留学コースがあったから。どうせファッションをやるなら、やっぱりパリでしょ!という安易な発想だったんですけど(笑)。パリでは色んなことを吸収したくて、とにかくたくさんのランウェイを観ました。わずか15分という短い時間のショーで、思いのすべてを伝えなければならない。そしてそこでほぼ売り上げが決まってしまうというモードの世界は、とにかく刺激的でしたね。せっかくなら卒業後はアントワープのラフの下で働きたいと思っていたんですが……、入れたのは本当にラッキーでした。」
『POST JAPONISM』をクリエーションのコンセプトとし、20世紀を代表する彫刻家であるイサム・ノグチや人間国宝の陶芸家・松井康成など錚々たる芸術家やその作品とのコラボレーションを実現させてきた、中嶋氏と<オールモストブラック>。強く日本を意識するのも、ファッションとアートの融合を図るのも、やはりパリで学び、アントワープでラフとともに働いた経験が大きく影響しているようだ。
「ヨーロッパで出会った人たちは、みんながみんな自分の母国やホームタウンを愛していたんです。なのに自分は、日本という国の文化を全然理解していなかった。帰国後に出会った川瀬と意気投合したのも、日本の伝統工芸やアートをテーマに、日本人としてのDNAが感じられるクリエーションをしたいという考えが同じだったから。自分たちが日本人で、日本にも素晴らしいアーティストがいると海外に向けて発信したいという想いが重なったからです。」
古来日本では、褐色と呼ばれる“限りなく黒に近い”濃い紺色が高貴とされ、縁起物の「かつ(勝つ)いろ」として重宝されてきたと語る、中嶋氏。だからそれに“近い”ところで、ブランド名を<オールモストブラック>にしたのだとも。そしてデザインのベースには、西洋の伝統的な黄金比(1:1.618)ではなく、日本の伝統美の基準になっている白銀比(1:1.414)を取り入れているという。
「畳や紙の判型、キティちゃん、それにGoogleのロゴまで、実は白銀比で成り立っているんですよ。だからこそ見やすく、馴染みやすく、カッコいい。そういうところからものづくりをスタートすることにしました。」
1982年生まれの中嶋氏にとって、着物や浮世絵、歌舞伎などにインスパイアされた伝統的なJAPONISMは、決して身近なものではなかった。むしろアニメや裏原カルチャー、そして白髪一雄氏のような芸術家などが、現代的かつリアルな日本独自の文化であると感じていたという。
「僕らが育ってきた日本や好きなファッションというものは、JAPONISMの“その後”のジャパニーズカルチャーが背景にある。和装の着物に興味はあるけれど、実際自分は通っていない。多くの日本人、いまという時代にフィットしない、特殊なものになってきていると思います。
自分が大好きな“日本らしさ”を、どうやったら自分自身が着たい服、カッコいい服に落とし込むことができるのか。日本が誇る芸術家たちのアイデアを、<オールモストブラック>のフィルターを通してカタチにする、新たな日本らしい服とはなにか──。それをシンプルで分かりやすく表現するのが、僕らにとっての『POST JAPONISM』だと考えています。」
幼い頃からアート好きだったわけではなく、美術館などが身近にあったことで段々好きになっていったという中嶋氏。しかし学生時代にはジェイク・アンド・ディノス・チャップマンという兄弟アーティストの作品をテーマに洋服をつくり、アートや建築などファッション以外のさまざまな要素をイメージボードに盛り込むラフ・シモンズの薫陶を受けた彼にとって、アートとリンクしたファッションという創作スタイルは、極めて自然で理に適ったものなのかもしれない。
「阿吽」の呼吸で生み出される、芸術作品と芸術的ファッション
2021年秋冬の<オールモストブラック>のテーマは、『A-Un / 阿吽』。密教において宇宙の始まりから終わりまでを表す言葉とされ、2人の人物が呼吸まで合わせるように行動をともにしているさまを、「阿吽の呼吸」と表現することに起因している。そのインスピレーション源となったのが、白髪一雄・富士子という日本を代表する芸術家夫妻だ。
白髪一雄氏は、1924年に兵庫県で生まれた。天井から吊るされたロープに掴まりながら、足を筆のように使って描く「フット・ペインティング」という技法を確立。その多くの作品が自身もアーティストであった妻の富士子氏のサポートを受けながら、文字通りの「阿吽」の呼吸によって制作されたという。
「伊勢丹メンズ館で<オールモストブラック>の取り扱いがスタートし、取材もしていただいたのが2016年秋冬シーズン。そのときは『具体(美術協会)』をテーマとしたコレクションだったのですが、今季フィーチャーしている白髪一雄さんは、その『具体』の中心メンバーなんです。これもきっと、なにかの縁ですね(笑)」
もともとは大好きな白髪一雄さんの作品を身につけたい、そんな消費者のような純粋な思いからスタートしたという、中嶋氏。しかし偶然か必然か、出張先の尼崎で白髪一雄氏の妻である、白髪富士子氏の展覧会に遭遇してしまう。
「最初はどなたか分からなかったんですが、でも白髪さんって名字が気になって……。なんと一雄さんの奥さんで、一雄さんをサポートするかたちでずっと一緒に制作されていたと知りました。しかもそれ以前は、約2年間個人で活動されていた期間もあるそうなんです。
この夫婦共作という関係性がとても素晴らしく、妻がグラフィックを手掛け、僕がデザインするという、自分たちのクリエーションとも重なるような気がしました。そして富士子さんのサポートがあってこそなのに、一雄さんだけをテーマにするのは違うんじゃないかと考えたんです。」
そこでこの展覧会の担当者に白髪夫妻のご子息の存在を教えてもらい、コラボレーションの依頼をすることに。
「どうしてもおふたりの作品を自分のコレクションに使わせていただきたいと、まずは手紙で、後日直接出向いてお会いして、たっぷり2時間、滔々と想いを伝えさせていただきました。」
白髪一雄・富士子という稀代の芸術家夫妻による「阿吽」の呼吸で制作された作品に感銘を受け、作者の背景・関係性にも強いシンパシーを感じたことによりコラボレーションを願い出たという中嶋氏。(白髪作品の商用利用は)「世界初の取り組みですが、いまでもなぜOKいただけたのか分かりません。(笑)」と冗談めかして語るものの、過去に前例のないエポックメイキングな取り組みを実現させたのは、やはり中嶋のクリエーションへの信頼感と、その熱い想いが届いたからにほかならない。
「ミュージアムショップに売っているプリントTシャツなども好きでよく購入するのですが、白髪さん作品のものはなぜか存在せず、どうしても欲しかったんです。イサム・ノグチ作品とのコラボレーションも、実は国内の美術館関係者に『絶対無理!ありえない!!』と言われていたくらい(笑)。でも諦め切れないのでニューヨークの著作権管理者に連絡して熱意を伝えたら、『いいね、やろう!』って。
版権の使用許可はもらってからも、作品を所有している美術家やミュージアムそれぞれからも許可をもらわなくてはならないので、本当に大変。継続して白髪夫妻をフィーチャーしている来季は、さらに交渉が大変でしたね。(笑)」
サイクルの早いファッション業界であっという間に消費されてしまうことがないように、1年2シーズンは同じアーティストをフィーチャーしているという中嶋氏の真摯な姿勢も、アーティスト側の理解を得やすい要因のひとつかもしれない。
エネルギッシュで荒々しい赤に象徴される白髪一雄氏だが、そのアーカイブから今季ピックアップしたのは、無彩色の静かな作品。そして同様に静謐な富士子氏の作品と併せ、5点の作品をフィーチャーしている。
「一雄さんは自身の作品のなかでも『赤を使った奇妙なのが好き』とおっしゃっていたようですが、富士子さんの作品に通ずる『静かで強い』ものもあるんです。この秋冬については『静かで強い』というキーワードで夫妻の作品をリンクさせ、選んだものを使用させていただきました。来季は逆に春夏らしい、カラフルな作品ばかりを選んでいますね。」
シンプルに作品をプリントしたり、作品の絵柄に合わせて生地を切り替えたり。また、さまざまな手法を掛け合わせて駆使することで、洋服がただのキャンバスではない、ファッションとアートが見事に融合したウェアラブルアートとして昇華していると感じられる、圧巻のコレクションは必見だ。
「ただグラフィックとして取り入れるのではなく、富士子さんらしいちぎった和紙の貼り合わせた感じを生地の接ぎや切り替えで表現するなど、洋服というものを通してきちんと白髪夫妻とコラボレーションするように意識しました。それと同時に、パンク好きな人って、自分の好きなアーティストのパッチをジャケットの背中に貼り付けたりしますよね。そういうカルチャーからもインスパイアされています。」
コラボアイテムには、織りネームに白髪夫妻の作品クレジットが記載されているという。そこには作家と作品へのリスペクト、そして白髪夫妻という人物についてより多くの人に知ってほしいという、中嶋氏の熱い想いが込められているように思う。
グラフィックで「阿吽」を表現した、伊勢丹メンズ館限定Tシャツも登場
『A-Un / 阿吽』をテーマに、白髪一雄・富士子夫妻とのコラボレーションを果たした今季の<オールモストブラック>。そして、そのルックブックに使用されたオリジナルのグラフィックをプリントしたTシャツが、伊勢丹新宿店メンズ館2階 メンズクリエーターズと三越伊勢丹オンラインストアのみで展開される、限定アイテムとして登場するという。
「<オールモストブラック>が扱うグラフィックについて、僕は常にイメージを伝えるだけで、具体的にどこにどういう表現をするのかは、妻に任せている。『阿吽』を意識したこの花のグラフィックも、もちろん妻によるものです。
表に牡丹、裏に馬酔木(アセビ)がプリントされた紙が捻じれることで、両者が一体となっているような図柄です。牡丹は一雄さん、馬酔木は富士子さんがお好きだった花だそうで、そこに僕たち夫婦の存在も重ね合わせているんです。」
そして背中には、美術や写真を専門とするライター、村上由鶴(ゆづ)氏による本コレクションへの“批評”の英文がプリントされている。これは、今季の<オールモストブラック>というコレクション、そして白髪夫妻と中嶋夫妻という4者のコラボレーションに対するアート界からの評価であるともいえるだろう。
「アートの世界では、作品は批評を受けて言語化されて初めて、評価される対象になるという文化があるそうです。そういう文脈での批評って、ファッションにはないなと思ったのが、村上さんに依頼したきっかけ。彼女はファッションへの造詣も深い。コレクション全体を俯瞰しつつ、作り手やものづくりのプロセスまで、よく見ていただいているなと感じました。
また、ある歴史的文豪との比較によって、白髪夫妻の『阿吽の呼吸』がどれだけすごいことなのか、またその作品をモードとして表現するという挑戦についても、評価していただけました。メンズファッションでは“深堀り”文化がありますから、こんなファッションの批評が確立されたら、もっと面白くなると思いますね。」
アートが身近になり、過去に例を見ないほどファッションとアートの距離か縮まっているといわれる昨今だが、こんな中嶋氏ですら「強いものを作れないと、生き残っていけない」と危機感を口にする。
「バブルと言われるくらい、日本でも高い人気が続いているアートですが、改めて洋服とアートの親和性が高いということも感じています。そして、やっぱり白髪一雄さん、富士子さんの作品は素晴らしいと思ったので、この機会にさらに多くの方に知っていただけたらうれしいですね。でも一雄さんの作品って、アート界では実はどメジャー。数億円で取り引きされているくらいなんですよ。
僕はミュージアムTシャツをよく買うので、そういうフォトTのような感覚のシンプルさと、ファッションとしてのカッコよさ、どちらも必要だと思います。こうやって語らせてもらえれば伝わりますが、ユーザーは単純にカッコいいかよくないかも重要視している。海外では特に、アートを買う人と洋服を買う人は重なっている。そういう意味でも、どんどん海外に出て行きたいですね。新型コロナのせいで、パリでの展示会もまだ1回しかやれていませんし。」
三越伊勢丹オンラインストアでの新作展開の取り扱いがスタートする、<オールモストブラック>。目前に、素直な気持ちを語ってくれた。
「お客さまも含めて、伊勢丹メンズ館に育てていただいたという意識は強いですね。もう、感謝しかありません(笑)。バイヤーさんにはダメ出しもたくさんされてきましたが、その裏には洋服への愛、僕らへの愛がありました。言いづらいことも、あれだけきちんと言ってくださる人は他にいませんから、とてもありがたかったですね。
伊勢丹メンズ館は世界一といってもいいくらい、感度の高いお客様が多い売り場です。世界中の素晴らしい洋服が揃っているなかで、それでも際立つような服づくりを僕らは心掛けている。それをこれからも継続して、頑張るしかありませんね。」
キャッチーでフォトジェニックな、白髪夫妻とのコラボレーションによる<オールモストブラック>2021年秋冬コレクションは、オンラインストアでも眩い輝きを放つことだろう。しかしその細部にまで行き届いたこだわりや複雑かつ繊細なテクニックを駆使した表現は、やはり実際に手に取って確かめてみてほしくなるほどだ。
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Text:Junya Hasegawa(america)
Photograph:Tatsuya Ozawa
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