【対談】慶伊道彦×〈ポール・スチュアート〉鴨志田康人が語り合う、カルチャー&トラッドの発信地・NYの魔力|Trad Channel Vol.2
第2回は、日本における〈ポール・スチュアート〉ディレクターを務める鴨志田 康人さんを迎えて、対談を行いました。トラッドを楽しく着るコツは「アップデート!」が鍵!?
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トラッドの巨匠と、ドレスの達人による今日の着こなしのテーマは?
慶伊 道彦(以下、慶伊) 今日の僕のスタイルのテーマは「タウン」です。普段、服を着るときにはテーマは考えませんが、今日は理屈っぽく説明します(笑)。ビジネスでもなく、カントリーでもないのがタウンで、僕が一番好きなスタイル。本来なら帽子と靴に茶色を持ってくるのがベストですが、タウンを意識してナチュラルカラーを持ってきました。
鴨志田 康人(以下、鴨志田) なるほど。とても分かりやすいです。慶伊さんらしいスリーピースの着こなしですね。
慶伊 スーツの生地はハウンドトゥースとガンクラブチェックが混じったようなもので、タウン感覚を強めています。モデルは60年代コンポラ(コンテンポラリー)スタイルで、ジャケットは3ボタンに見えますが1ボタンで、アイビー仕様。ポケットは軽いスラントで、チェンジポケット付きと凝っています。スリーピースですが生地が全部違って、遠目に見ればスーツに見えるという細かいテクニックで、『ナポレオン・ソロ』のロバート・ヴォーンを真似た感じです。
鴨志田 いつ頃仕立てたスーツですか?
慶伊 この服は13年前ぐらいに作ったもので、シルエットやサイズ感は合わなくて、昨年は一度も着ていないんです。では、どうしてわざわざ今日着てきたかというと・・・、〈ポール・スチュアート〉の社長だったクリフォード・グロッドさんに「良い服を着ているね」と褒められたことがあって、思い出のある服なので着てきました。
鴨志田 すごいエピソードですね!〈ポール・スチュアート〉のことを考えてコーディネートしていただきありがとうございます。自分は、頭で考えてスタイリングを決める方ではないので、「今日は日本橋三越さんだな」と、いつもより正さないといけないなと思い、正統にネクタイを締めて紳士的に着てきました。
慶伊 温かみのあるベージュとグレーの陰影をミックスしたきれいな色の生地ですね。
鴨志田 ありがとうございます。〈ポール・スチュアート〉秋冬コレクションのために自分が選んだ生地で、実は「メイド トゥ メジャー」で仕立てました。ジャケットは自分のなで肩にきれいに沿って、パンツはNYスタイルの70年代風をイメージして裾幅22cmのストレートカットにしています。
慶伊 鴨志田君もちゃんと考えて着てきていますね!
NYと〈ポール・スチュアート〉にまつわる過去・現在・未来
鴨志田 私と〈ポール・スチュアート〉の出合いは、表参道に青山店ができた1981年。まだ学生でアメリカに行ったことがなく、当時のアメリカントラッドは若々しくて学生が着るイメージが強かったのですが、〈ポール・スチュアート〉はお店に入るのに躊躇するぐらい敷居が高くて、正直しびれましたね。価値観が変わりました。
慶伊 〈ポール・スチュアート〉といえば、自分が初めてNYへ行ったのは72年、25歳のときでした。日本ではアイビー全盛期、しかしNYに着いたらアイビーなんかなくて(笑)現地では〈ラルフ・ローレン〉が大ブレイクしていて、いわゆる“アップデート・トラディショナル=ニュートラッド”が大流行していました。
そんな中で、1軒だけ〈ポール・スチュアート〉は大人の店でした。25歳の自分にはどうしたらいいのか分からず、自分が知っているコンポラとも違って、「大人の佇まいの店」なんですよ。あとで、“アングロ・アメリカンスタイル”というのを知ったのですが、流行を意識してアップデートするのが〈ポール・スチュアート〉の武器だなと思いましたね。
鴨志田 自分も〈ポール・スチュアート〉と出合ってから、「アメリカっていろんなモノがあるんだな」と思って、興味を抱くようになりました。〈ラルフ・ローレン〉や〈ポール・スチュアート〉は、3ボタンでタイトフィットのいわゆるアイビーI型とはまったく違って、伝統的なアメリカン・トラディショナリズムを引き継ぎながら、グラマラスでセクシーなスタイルにアップデートしている新しいトラッドの表現で感銘しましたね。
ただ、若かったので、「自分にはまだ着られないな・・・」と感じたことは覚えています。
慶伊 僕のNYのイメージは60年代の映画のイメージがあって、そう思ってNYへ行くとガッカリしたりするんですが(笑)、世界中で「都会」はどこかと尋ねられたら、答えは「NYだけ」です。東京も含めて、他の街はその他ですね。
鴨志田 まったく同感です!
慶伊 NYだけ知っていれば、自分はモノを知っていることになると、さんざんNYへ行きましたが、特に80~90年代のNYはバブルがあったので成熟しました。1920~30年代に凄い勢いでファッションが生まれたのと同じように、80年代は一般人がおしゃれに目覚めて、お金持ちがダウンタウンに下りてきた。ダウンタウンの人たちがアイコンになって、ファッションに革命が起きたんです。都会は、バブルがないと文化は成熟しませんよね。
鴨志田 さすが慶伊さんは実体験されているから説得力が違いますね。とてもよく分かります。
慶伊 パリやロンドン、ミラノはのんびりしていて魅力的で、癒やしにはなりますが、私の中では都会だとは思いませんね。
鴨志田 確かにモノ作りをするのがヨーロッパで、消費するのがアメリカです。だから、新しいモノを探すのはアメリカなんですね。街中に圧倒的に物量とスピード感があって、そういう意味でもNYの方が都会じゃないかなと思います。今はちょっと元気がないですけどね・・・。
アメリカントラッドに関わる二人が語る、トラッドの意味と進化形
鴨志田 トラッドの良さをお話してほしいと司会の方から頂きましたが、話始めると3時間ぐらいかかりますよ(笑)。
装いというのはライフスタイルや自己表現の具現化で、時代が変わるとともにファッションは当然変わるので、それがアップデートといえばアップデートなんですが。
例えば、フランス料理のレシピが時代に合わせてヘルシー志向で軽い味付けになっていくのと一緒で、ファッションもコンフォタブルでリラックスしていて、機能性が求められると、素材やフォルムが変わっていきます。それは「進化というより変化」で、変化がないと古くさく見えちゃうんですね。
日本人は世界中で最もトラッドが好きですが、頑なに「~ねばならぬ」と昔のルールを守っています。ですから私は、もっと自由にフレキシブルに考えて、特に色使いには気を遣っています。
慶伊 それを〈ポール・スチュアート〉ではどう表現しているんですか。
鴨志田 〈ポール・スチュアート〉は70年代以降、アメリカントラッドとは一線を画して、ヨーロッパのテイストをアメリカンクラシックにマッチングしていくところに面白さがあります。英国ベースのプレッピーの要素に、イタリアやパリのファッションのエッセンスを取り入れてアップデートしていくので、色使いなどはアメリカントラッドとは全然違います。色を意識するのは大人の楽しさでもあるので、〈ポール・スチュアート〉では色使いに関してかなり考えていますね。
慶伊 今の話を聞いて思ったのは、ヨーロピアン(=コンチ)は貴族のスタイルで、言葉にするとダンディやジェントルマンが出てきますが、それに対してアメリカンは働くための服なんですね。肩はナチュラルショルダーで、下はワーカーパンツでと、ルールを勝手に作っていっちゃう。
トラッドがずっと続いているのは、ヨーロッパのモノを勝手に取ってきて自分のモノにしちゃうというアメリカの凄さで、政治や文化と同じです。ジェントルマンやダンディという言葉が浮かんでこないのがトラッドなんですよ。
鴨志田 英国の服はいわゆる上流階級が着ていたもので、タイトで堅苦しくて動きづらくて、彼らは電車のつり革を持つ必要がないので、手が上がらなくていい、ただ格好良く見えればいい。
それに対してアメリカの服は仕事をするためのものなので、動きやすくて、多少ルーズでもいいんですね。
慶伊 鴨志田さんは、トラッドは生き残っていくと思いますか。
鴨志田 デザイナーズブランドの服は「デザイナーが作った服」の魅力がありますが、トラッド服は「unknown(アンノウン)」でパーソナリティで着るというところが大きな違いです。
今のこのご時世で、生活にとっては“モノよりコト”の方が重要になってきているので、コトの中での服=トラッドが見直されていく時代になるんじゃないかなと個人的に思っています。
慶伊 さすが、いいことを言いますね!
自分は、ビジネスマンにとって、カジュアルフライデーやクールビズはかなりハードルが高いと思っていて、いつもスーツを着て馴染んでいるのに、週末だけ夏だけ他の格好は無理なんですよ。一年中スーツやセットアップでいいと思っています。例えばパンツ丈をワーカー風にしたり、スニーカーにキャップを合わせたりするのは、アメリカンな服じゃないと似合わない。
鴨志田 なるほど。それは面白い解釈ですね!スーツにはユニフォーム的な良さがあり似合いますが、カジュアルは自由で決まりもないので、カジュアルフライデーやビジカジは難しいでしょうね。
慶伊 要は、着るときに悩むような格好をしなきゃいいんですよ。悩むということは悩んだ時点で格好悪い。スーツやセットアップの中を替えて、上下で遊んで、公園や野球場に行けば、カッコいい自分がいるんです。
鴨志田 なるほど。最後に、慶伊さんから今の季節のオススメ映画を教えいただくのが「Trad Channel」恒例のようなので、ぜひ一つお願いします。
慶伊 今回は、ロイ・シャイダーの『ザ・セブン・アップス』(1973)と『マラソンマン』(1976)です。ロイ・シャイダーはアメリカ生まれの生粋のアメリカンで、何を着てもアメリカンなんですが、グレーのポロコートの着こなしを見てください。彼のスタイルはこれから流行っていくと思うので、マークしておくといいですよ!
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