2019.08.05 update

INTERVIEW to Shoeshiner Vol.5 杉村祐太(Y’s Shoeshine)|ど根性シューシャイナー


英国・ロンドンで開催されるワールド・チャンピオンシップ・イン・シューシャイニング。その第3回大会に出場、「brift.H(ブリフトアッシュ)」の長谷川裕也に続いてチャンピオンベルトを奪ったのは地元静岡に「Y’s Shoeshine(イーズシューシャイン)」の看板をあげたばかりの杉村祐太だ。

 


「ぼくの趣味はシガーとウイスキーです。地元の有名なバー、トムズバーに通わせてもらっていて、そこで覚えました。20代ではやい? たしかにそうかも。英才教育の賜物でしょう(笑)」

両親は揃ってお洒落好きで、ブレザーにスラックス、仕上げにクラークスというのが父親のおきまりのスタイルだった。洋画や洋楽も杉村家の生活には当たり前のように存在していた。まだ年端もいかないころに『ゴッドファーザー』を字幕でみさせられたというからなかなかのスパルタだ。

杉村が靴を磨くようになったのは高2のころ。

「やんちゃな高校で、まわりはみんなローファーのかかとを潰して履いていました。これが心の底から嫌いだった。ぼくはストレートチップを沼津の靴屋さんで買って、毎日のように磨くようになりました。その靴はたしかセールで5000円でした」

靴磨きもまた、父親の刷り込みだった。

「父は典型的なA型できれい好き。靴もまめに磨いていましたね。もちろんいまのぼくがみれば適当なものだけれど、汚れを落としてクリームを塗って、という一連の流れを飽きずやっていました」


「父はぼくが高1のとき、肺がんで亡くなりました。46歳でした。父の面影を探して、とかそんなドラマチックな話ではありません。ただのタイミングです。母にいって父のシューケア用品を出してもらいました」


タイミング、といった杉村の真意はわからなかったが、形見のラルフ ローレンのフリースはいまも着ているというから、照れ屋がいわせた強がりなのかも知れない。

 


建築士の道を蹴って、靴磨きの世界へ

 

杉村は大学生になって使えるお金が増えると、靴の世界にどんどんはまり込んでいった。

「ちょうど長谷川(裕也)さんがメディアを賑わしはじめたころでしたからね。理系ならではなんですが、靴磨きに関する資料は出し惜しみすることなく手に入れて実験と検証を繰り返し、研究成果は事細かにノートに書き留めました。あらかた頭に叩き込んだぼくはそのノートをベランダで燃やした。盗まれたらたいへんだと思ったんです(笑)」

大学を卒業した杉村は念願の建設会社に採用されるも、配属されたのは施工管理。いわゆる現場監督だ。希望は、設計だった。いっぽう、靴磨きはすでに趣味の域を超えるところまで踏み込んでいた。

「そんなときに出会ったのが知る人ぞ知る三島のセレクトショップ、『KEWL&LEGIT.(クール アンド レジット)』の久保田(雄也)さんでした。久保田さんはいうんです。そこまで好きならやってみればいいじゃんって。かれの言葉に背中を押されて、二足のわらじで週一回の休みは路上に出て靴を磨くようになりました。慣れない仕事(現場監督)に体はヘトヘトでしたけど、好きなことをやっているせいか、気持ちのほうはいたって快調。ストレス発散になっていたんでしょうね」


入社して6年。会社にはずっと異動願いを出してきたが、希望は叶わなかった。路上靴磨きは依然として続いていて、地元の新聞にも取り上げられた。30歳を目前に控えて、杉村はリセットするならこのタイミングしかないと考えた。

「建築士の資格はもっていたのでダメなら戻ることができる。そこまで大それた決断ではありませんでした」

母は反対したが、押し切った。

「父はぼくにいわせれば成り上がりで、パワフルでワンマンでした。造園設計の会社を退社して独立したんですが、母には辞めて帰った日にその事実を伝えたそうですからね(笑)。ぼくはましなほうですよ」



敬愛する先輩とは違う切り口で

 

「ぼくのシューシャインは革の肌理を限りなく生かしているのが特徴です。柔らかいワックスを使って、透明感を出す。時間はかかるけれど、美しいと思う」

杉村はTWTGの石見豪やブリフトアッシュの長谷川のところに足しげく通った。素性を明かしつつ、客として訪れて、かれらが磨くあいだ、その手元をじっとみつめていたという。

「石見さんは染め替えの技術がすごい。打ち解けた頃合いを見計らって自分で染めた靴をもっていきました。石見さんは『いいんじゃない。あとは下地づくりかな』って。不意に目をそらしたその視線の先には下地に必要な道具があった(笑)。長谷川さんにはロンドンの大会に出場するにあたり、大会で使うロークの靴をお借りしました。この業界は横のつながりがあって、おふたりにはよくしていただいています」


たとえるなら、長谷川さんが鉄の輝きで、石見さんは水の輝き。間違いなくふたりはシューシャイナーのツートップで、それはこれからも変わることがないでしょう──杉村は淡々という。

「かれらは憧れの存在です。ただ、磨き方まで真似してしまったら、それは違う。結果似ることになるのは仕方がないけれど、まずは自分の頭で考える。そうしてたどり着いたのがくだんの磨き方でした。存在を消していくといえばいいんでしょうか。履き手が引き立つ輝きを目指しています」

ふたりについて語るときは終始謙遜のスタンスを崩さなかったが、それは自信の裏返しでもある。

「開業までに磨いた足数は1万足にのぼりました。実感として、1万足磨いているのと磨いていないのでは歴然とした差があると思う。所作は器用な人ならすぐにそれなりになる。だけどじっさいの磨き上がりはそうはいかない。数をこなさないとまとまらないんです。言い換えれば、ムラがある」


一歩一歩踏みしめるようにして世界一の称号を手に入れた杉村だが、現状にはまったく満足していない。「思い描く磨きができるようになったのはたしかだけれど、それでよしとしたら成長はない。理論はものにしたので、これからは指先の感覚を研ぎしましていきたい」と、自分のこととなるとどこまでもアグレッシブなのだった。

ところで杉村はロンドンに母親を連れていっている。会場にもかのじょの姿はあって、優勝した息子をみて涙を浮かべていた。

その涙は母としてのものだったのだろうか。それとも、妻としてのものだったのだろうか。


Text:KeiTakegawa
Photo:Keita Takahashi

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