【インタビュー】本格靴業界に静かな革命をもたらした<CALMANTHOLOGY/カルマンソロジー>の金子 真が示す、2シーズン目のさらなる進化。
まずはファッションとしてのコンセプトや、パッケージから。
<カルマンソロジー>のデビューは、実に静かで衝撃的であった。
個人的な出合いは、昨年初夏に届けられた1通のメールだ。新たな既製紳士靴ブランドの誕生を告げるその便りに添えられていたのは、虚無的で静謐な空間に佇む、ひとりの男のポートレート。ノンシャランな上品カジュアルに身を包み、足元には美しいプレーントゥを合わせているものの、そのディテールは容易に窺い知れない。靴ブランドでありながら、あえて靴を主張しない。まるでファッションブランドのようなビジュアルだな、と感じた。
だがこのソリッドな世界観とファッション性に軸足を置いたイメージづくりこそ、<カルマンソロジー>を手掛ける金子 真氏の真骨頂といえるのかもしれない。
「新しく自身のブランドをスタートしようとしたとき、さまざまな葛藤がありました。自分が履きたいと思うシューズを追求するだけで本当にいいのか…と。求められていること、やりたいことを見つめ直しながら靴に向き合うこと約6年。日本最高峰の既製紳士靴を目指してまずデザインしたのは、靴そのものではなく、パッケージ(靴箱や什器など靴を取り巻く環境)でした」
新ブランドの立ち上げに際し、商品そのものではなくパッケージからデザインを始めるというのは、なんとも驚き。そして相当にユニークだ。
「まず例えばですが、箱をどうするか、さらにそれをどう並べるか。靴を含めたファッションとしてのコンセプトを確立するために、どこまで気をつかってパッケージを作れるかを追求しました。私は神経質だから(笑)、しっかり土台づくりからやりたかったんです」
金子氏との“神経質”なまでのこだわりが透徹された靴作りについて、ひいては<カルマンソロジー>が欧米列強と伍する本格靴であるとことを裏付ける、“薀蓄”の類はあえて割愛させていただこうと思う。彼らの本質は、そのスペックではなく美意識の高さにこそあると思うからだ。
「祖父がテーラーを営んでいたというバックボーンは、自分のなかでどんどん大きくなってきているように感じます。幼少の頃から祖父の仕事場にはよく遊びに行っていて、まるで自慢話のようにパターンの難しさや面白さを聞かせてくれた。もちろん、祖父自ら仕立ててくれたスーツも、大切にしています。それもあって服飾デザインを志していましたが、私自身、洋服は作るよりも着て楽しむ方が好きだと気がついてしまったんです」
ビスポークテーラーの作業場で得た原体験、装うことの楽しさを追求してきた経験値、そしてそのなかで培ってきた揺るぎない感性と審美眼。多くの靴愛好家たちを惹きつけるモノづくりの裏には、孤高の美意識で貫かれたファッショナブルな“イメージ”があるのだ。
ムッシュ イヴ・サンローランのエレガンスを現代的解釈で。
今更ではあるが、<カルマンソロジー>とはCALM(静寂)とANTHOLOGY(詩集)という言葉を組み合わせたもの。ゆえに、2シーズン目となる今季は、「言葉なき詩集の」PAGE.02と題されたコレクションを展開している。
「PAGE.01(デビューコレクション)は好きなものだけ。(自分の中から)素直に湧き上がってきた12型のデザインを描きました。つまり、やりたいことだけをやり切って並べた感じですね(笑)。だから余計にPAGE.02は難しかったです。私は展示会の会場で接客しながら次のシーズンについて考えるんですが、(PAGE.02は)さらにエレガントにしたいと感じていました。そして“エレガンス”という言葉とともに頭に浮かんだのが、若き日のイヴ・サンローランだったんです」
若干21歳にしてクリスチャン ディオールの主任デザイナーとなったイヴ・サンローランは、ディオールを離れ兵役を終えた1962年、自らの名を冠したメゾンを設立。そのクリエーションはもちろん、さりげなくも洗練されたエレガントなスタイルでも衆目を集めた、稀代のアーティストだ。
「その62年頃のご本人のスタイルが、本当にエレガントだったんです。白シャツにタイをしてという何気ない格好をしていても、ものすごく綺麗で……。人物としてのイメージにはなってしまいますが、PAGE.02の出発点は、イヴ・サンローランその人でした。彼のイメージを現代的な解釈でアップデートしようとするなら、ただベーシックなだけではいけない。どこかにさりげなく、デザインの要素を入れたいと考えました」
そこで究極のスタンダードともいうべき12足を展開した昨季に対し、今季は金子氏ならではの“デザイン”や“崩し”に挑戦したのだという。確かに新作のモンキーブーツ「LINEMAN」を例に見てみれば、官能的なカーブを描き出すヒールのせり上がりなど、実にセクシーでエレガントだ。
「常に色々なことを確かめていきたいという思いがあるので、(今季は)ベーシックななかにもしっかりと“デザイン”を施しています。あえてフォルムに少しだけ“崩し”を入れたりもしていますね。見えないくらいのささやかなものですが、それが私にとっての大きな挑戦なんですよ」
11月28日(水)からメンズ館地下1階=紳士靴において、早くも2回目となるポップアップショップが開催される。なにか前回以上に期待していることはあるかという問いかけに対し、照れ笑いを浮かべながらもこんなエピソードを教えてくれた。
「前回は普遍的なスタンダードが中心で、ポップアップでも大きな反響をいただきました。私も店頭に立ちましたが、お客さまから『この靴に出会えてよかった』っとおっしゃっていただいたのは、本当にうれしかったです。だからこそPAGE.02の挑戦がお客様にどのように受け止められるのかは、とても楽しみにしています。靴にデザインを入れた分、ベーシックな洋服に合わせると、ちょっと物足りないとか……。デザインディテールのあるシャツを着てみよう、遊びのあるジャケットを着てみようなど、スタイリング全体につなげていただいたら、それ以上の喜びはありませんね」
イヴ・サンローランといえば、ファッションをタブーや偏見から解き放ち、純粋な探求と進化をもたらしたモードの改革者。金子氏の挑戦にも、それに通ずる志を感じるといったら、言い過ぎなのだろうか。
Photo:Natsuko Okada
Text:Junya Hasegawa(america)
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