【インタビュー】澤野由明(澤野工房)|深まる秋の夜長にはジャズが合う
1950年、大阪・新世界の履物店の4代目長男として生まれる。一時は家業を継ぐものの、趣味のジャズ好きが高じて、1980年に澤野商会を設立し、復刻レコードの制作、輸入販売をスタート。1998年にオリジナルCD制作を開始し、現在の澤野工房に至る。
氏名|澤野由明(さわの よしあき)
1968|大学入学祝いで真空管アンプを購入し、オーディオにのめり込む。それがジャズの扉を開いた。
1980|実弟のフランス移住を機に、現地でレコード収集に明け暮れ、名盤復刻への足がかりになった。
1998|澤野工房設立。自ら発掘した音楽家のCD制作に乗り出す。タイトルはいまや250枚以上に。
音の“間”こそ、奏者個人の差。そんな微差にこだわって音の“間”こそ、奏者個人の差。聴いてみては
今年20周年を迎えたジャズレーベル主宰にして、大阪・通天閣にある履物店の4代目と聞き、失礼ながら気難しい人物を想像していた。まるでジャズ喫茶の、寡黙でいながら周囲を律するマスターのような。だが現れた澤野由明氏はそれとは正反対だった。「よく言われるんですよ」と柔和な表情に笑みを浮かべる。
「でもそれがジャズの印象なんでしょうね。難しいとか、わからないという。評論家も難解なことばかり言いますもんね。僕自身は“聴いて心地よかったらええやんか”という気持ちでこれまでやってきましたし、ジャズの門戸を広げたいというのが、まずこの仕事に就くときに決めたことでした」
高校時代のオーディオ趣味から、いい音を求めてジャズに出合い、しまいには国内のジャズレコードを買い尽くすほどのコレクターになった。しかしそれでも飽き足らず、ヨーロッパへと収集範囲を広げ、名盤の復刻を手がけるまでに。そしてついには自身のジャズレーベルを立ち上げてしまう。それが澤野工房だ。
初めて買ったジャズアルバムは、オスカー・ピーターソンの名盤『プリーズ・リクエスト』。この一枚からすべては始まった。もう一枚は同じピーターソンでもドイツでの収録盤。その音質に驚き、ヨーロッパジャズに開眼した。
「知らんものを知りたいという欲求が強いんでしょうね。最初は人の聴いているいい音を聴こう、次は人の聴いてないものを。最後はつくったらええ、となった」と屈託がない。そしてそんなジャズの魅力を“気づきの音楽”だという。
「最初は淡々と流れていたとしても、探求心をもっていろいろ聴いてくると、気づくことがたくさんあります。同じ曲でも、10年前と10年後では聴くたびに新しい発見があり、だから聴きつづけられる。それが深みになります」
澤野氏が手がけたCDを聴けば、それが理解できる。初心者でもすっと耳に入り、奥行きのある世界が広がる。どこかご本人の人柄が浮かび上がってくるようだ。
1933年にデンマークで創業したヴィーファは音質だけでなくデザインも楽しめる。ジャズと同様、日常に寄り添うオーディオだ。
<VIFA>スピーカー 左:「ヘルシンキ」61,560円、中:「レイキャビク」35,640円、右:「オスロ」73,440円
「僕は、“耳を引っ張られる”と言うんですが、たとえ無意識で聴いていても、一瞬の音やメロディがどこか引っかかる。いまは居酒屋やラーメン屋さんでもジャズはかかってますね。確実にその空間をジャズが埋めているんです。でもそれを意識すれば、もっと興味がもてると思います」
仕事が終わり、自宅への帰途に澤野氏が必ず立ち寄る場所がある。それは自慢のオーディオを設けたリスニングルーム。ここで毎日2時間音楽を聴く。自分だけの至福の時だ。
「仕事中も聴いていますが、ここはあくまでもプライベート。それこそ音を浴びるんです。時には気持ちよくなって、寝てしまうこともあるんですよ」
いずれも澤野氏が太鼓判を押すCD。個性豊かな音の世界に、ジャケットにもセンスがあふれる。デジタル配信にはない魅力。
(右上から時計まわりに)トヌー・ナイソー・トリオ『マイ バック ページズ』、ヤスシ・ナカムラ『ホームタウン』、アレッサンドロ・ガラーティ・トリオ『コールド サンド』、ミハエル・ナウラ・クインテット『ヨーロピアン・ジャズ・サウンズ』、エルマー・ブラス・トリオ『ブラッサビ! 』、ジョバンニ・ミラバッシ(ピアノ・ソロ)『アヴァンティ!』各2,571円
澤野工房がリリースするCDには、“hand made JAZZ”と記されたシールが貼られている。それは、この一枚を世に送り出すまでには、企画から制作、ライナーやジャケット、それこそ最後の出荷まですべて澤野氏の手を通すからだ。それだけに店頭に並ぶCDは「まるで嫁にやった娘」のような感じだという。まさに手づくりのジャズなのである。
“澤野工房”と澤野由明氏の魅力が詰まった自叙伝。
『澤野工房物語』著者:澤野 由明 2,700円
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