【インタビュー】パオロ・フィナモレ|次男パオロの献身(1/2)
「それはありえない未来です」
〈フィナモレ〉の工房にはおよそ50人のお針子さんがいる。さいきん若返って平均年齢は45歳になったという。母から娘へ。手仕事を承継する態勢が維持できているのはフィナモレ家がナポリの地に太い根を下ろし、そこに暮らす人々に名士として愛されているからにほかならないが、それもけして盤石ではない。アルティジャーノの街、ナポリといえども後継者不足は深刻な問題になっている。
長い目でみればアウトソーシングという選択肢も視野に入ってくるのでしょうか──そう尋ねたら二代目アルベルト・フィナモレの次男でデザイナーのパオロはその日唯一、語気を強めた。
「なぜならばナポリの手仕事が〈フィナモレ〉のアイデンティティだからです」
着心地を決めるアームホール、耐久性が求められるボタン、ガゼット。〈フィナモレ〉はいまなおこの3箇所をハンドソーンで仕上げる(=カジュアルシャツの場合。ドレスシャツは7箇所に及ぶ)。アイデンティティとまでいいきる手仕事だが、このきびしいマーケットを勝ち抜くための、それはベースにすぎないという。
「ナポリではみなが手仕事の大切さを理解し、成熟の度合いを深めています。われわれがマーケットで評価されたのは、あらたなパターンの開発でその可能性を広げたことにあると思います」
着手をセクシーにみせる肩幅が狭く、袖山が高いシルエット。攻めた設計構造はシャツの概念を更新した。シャープな見栄えながら着心地を犠牲にしない秘密はもちろん手仕事にある。
「そのパターンを完成させたのはいまから15年ほど前のことでした。ちょうどファッションの潮目が変わった時期です。ご存じのようにアンコンに代表されるコンストラクション、コンパクトなサイジング、タイを必要としないドレスダウンが顕在化したのです」
パオロはシャツの顔というべき襟にもメスを入れる。これが、うれしい誤算だった。柔らかなフラシ芯にまとわせた、剣先が後ろに流れる襟はいまにも動き出しそうな躍動感にあふれていた。いわゆるカッタウェイと呼ばれるその襟はフォロワーを生むまでに浸透した。セルジオ、そして後継モデルであるシモーネは日本でもその名がひとり歩きをはじめた。
さらにパオロは120双糸という繊細なファブリックに洗いをかけて、なおかつチェックのバリエーションを豊富に揃えた。タイドアップはもとよりボタンを開けたラフな着こなしもサマになるシャツはオフィス街を飛び出した。
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