ナポリのスーツをこよなく愛する男が目をかける職人

神宮前の閑静なエリアにひっそりと佇む、「ザ・ワインギャラリー」。西麻布で四半世紀の時を刻んできたレストランを営む成田忠明がいまから約1年ほど前にあらたにつくった店だが、ブルゴーニュとシャンパーニュに絞ったその店で新進気鋭のテーラー、山口信人のトランクショーが行われる。成田はワインに負けず劣らず誂えに精通している洒落者で、山口の太い客だ。


「ザ・ワインギャラリー」オーナー成田 忠明氏

想像以上のものをつくろうとする誠意を感じた


──山口さんとの出会いを教えてください。

成田 かれこれ8年になりますか。まだ彼が店頭で既製品を販売をしていたころです、わたしのジャケットをみてピロッティですかって。ピロッティは知る人ぞ知るテーラーです(=ヌンツォ・ピロッティ。ナポリ4大テーラーのひとり)。強く印象に残りましたね。次に会ったときはジェンナーロ・ソリート(彼もまた、ナポリ4大テーラーのひとり)のオーダー会で通訳をしていました。聞けば休みがとれるたびにナポリへ通っているという。面白そうだと思って注文してみたのがはじまりです。
山口 ぼくからしてみればピロッティを愛用している成田さんこそ驚きだったのですが、オーダーをいただいたときにCD5〜6枚を渡されて、それ聴きながらつくってくれと。只者じゃないと思いました(笑)。CDのジャンルですか?それまであまり聴いたことがなかった美しいオペラやクラシックでしたね。CDをお渡しいただいた意味が分かりました。とにかく、いまなおもっとも緊張するお客さまです。
成田 山口さんは呑みにいっても服の話ばかり。女の子の話すらしませんからね(笑)。


<LA SCALA/ラ・スカーラ>テーラー 山口信人


──どんなところが成田さんの心に引っかかったのでしょうか。


成田 想像以上のものをつくろうとする並々ならぬ思いが伝わってきたんです。けして接客は饒舌ではない。饒舌ではないけれど、ものづくりにのぞむ姿勢は真摯そのものだった。それは節くれだった指からもみてとれました。
山口 ありがとうございます。もしそのように感じていただけたのならば、それはナポリで学んだ経験が大きいと思います。かれらは型紙をつかわず、直接生地にチョークを引いて裁断していきます。スーツを美しく仕立てるにはファンタジーが大切だといっていました。ぼくは数値の先にあるもの、かれらがいうところのファンタジーをいかにかたちにするかばかり考えてきました。


──すでに7〜8着はつくられたそうですね。

山口 呑みに誘っていただけるのもしかり、これはもうパトロン精神をおもちだからだと思います。ピロッティの修理も任せていただいているんです。修理も非常に貴重な経験でした。そうそう、とっておきのネタがあります。下北沢のジャズバーで出会った武蔵美出身の絵描きと意気投合した成田さんは、その日買ったばかりの真っ白なコート、それに絵の具代といっていくばくかのお金を渡していったそうです。彼に好きに描いてくれって。
成田 暗そうな男だったけれど、絵のことを語り出したらとまらない(笑)。あがってきたコートは案に違わず素晴らしいものでした。ひとつだけ誤解がないようにいっておきたいのは、パトロンだなんてそんな偉そうな気持ちはさらさらないということ。若手との交流は自分にとっての刺激になるからいいんであって、それ以上でもそれ以下でもありません。


理想的な熟成を経たブルゴーニュのよう

──成田さんは来たるトランクショーに“趣味のお裾分け”というタイトルをつけられました。品のあるネーミングですが、その心は。

成田 これまでも馴染み客の方々には山口さんを紹介してきました。それなりの地位にあり、舌も肥えていらっしゃるのに服にはさほど関心がないこともある。少なからず身銭を切ってたどり着いた職人です。かれのスーツに袖を通すことで少しでも豊かになっていただけたら、という思い。だから、お裾分け。これは店のサイトにも書いていることですが、なんでもはじめてのときはできるだけいいのものを選んでもらいたい。なぜなら、こんなものかと思ってしまったら、次がないからです。


──誂えに傾倒していった経緯を教えてください。

成田 わたしは雑誌メンズクラブの名物連載だった「街のアイビーリーガース」に憧れた世代。念願叶って誌面を飾ることもできました。ちょうど地元のナビオ阪急(現HEP NAVIO)にラルフ ローレンがオープンしたばかりで、わたしはラルフで購入したレジメンタルタイで撮影にのぞみました。
長じてオーダーの世界にはまっていくんですが、じつは初挑戦は完敗に終わっています。先輩に教えられてロンドンの老舗靴工房の門を叩いた20代の青年は心底落胆しました。できあがりがまるでコッペパンのように不格好だったのです。うちのことも知らずにつくりにきたのかといわれました(笑)。ところがスーツに関しては幸運にもいきなりピロッティを引き当てた。


成田 初ピロッティは強烈な体験でした。サロンで雑談をしていると、いきなり体をぺたぺたと触り始めるんです。それがピロッティ流のフィッティングだとわかったのはその儀式も終わりにさしかかってからでした。あがってきた仮縫いはほとんどぴたりと体にフィットしました。修正はそのままチョークで書き込んでいくんですが、間違えると唾で消す。唾はやめてほしかったけれど(笑)、面白いなぁと思った。
山口 以来、ピロッティやソリートなどナポリのテーラーを中心に40着はつくられているとうかがっています。
成田 手縫いの魅力なのか、土地柄なのか。どこか三枚目の雰囲気がいいんです。サヴィルロウには出せない味です。もちろん、二枚目な演出が必要なときもある。そういうときはチェザレ アットリーニかダルクオーレの既製服に袖を通します。

──こちらは既製服なのですね。

成田 既製服はその時々の正解がかたちになっています。誂えばかりだと自分のなかの指針のようなものがぼやけてしまいますから、定期的に既製服で感覚をリセットする必要がある。もちろん既製服ならなんでもいいわけではなくて、最高峰であることが肝要です。

──名だたるスーツを誂えてきた成田さんが考える山口さんのスーツの魅力とは。

成田 ワインには味わいの継ぎ目、という言葉があります。舌に引っかかりがあるあまり上等ではないワインを指す言葉です。山口さんのスーツにはこの継ぎ目がない。要するに快適なんです。服なんて大きくつくればノーストレスですが、それではだめで、体にフィットし、欠点を隠し、美しくみせなければなりません。山口さんはここをクリアしつつ着心地も犠牲にしない。ワインに例えるならば、理想的な熟成を経たブルゴーニュの赤ワインを思わせる。


──ワインといえばこの店の品揃えもユニークです。ブルゴーニュとシャンパーニュだけで勝負されているんですね。

成田 わたしのなかで最高の産地です。ブルゴーニュの赤ワインにつかわれる品種はピノ・ノワールのみ。単一品種からつくられるワインはテロワール(土地の個性)の味がしっかりと出る。そしてそれは紀元前にまで遡れる文化なのです。 ワインの好き嫌いは好みの問題です。しかし、好みを超えた世界があるのもまた事実です。それが時代が変わっても評価されてきたクラシックであり、ブルゴーニュとシャンパーニュはまさしくクラシックと呼ぶにふさわしい産地なのです。

──つまり、山口さんのスーツはクラシックに連なる可能性があると。

成田 その萌芽はすでにみられます。最たるものがショルダーライン。こんなに肩がぐるぐる回るスーツはありませんよ。これ、わたしの提案も反映されているんです。本来はご法度かも知れませんが、若手職人とのやりとりはものづくりに踏み込める楽しみもあります。 もう少し、褒めておきましょう(笑)。人が振り返るような装いは恥ずべきであると、かのボー・ブランメルは喝破しましたが、山口さんのスーツはまさに出すぎることのない、控えめさがあるところも買っています。
山口 身にあまるお言葉。精進します。



「初めこそ、最高のワインだけをお試し頂きたい」というオーナー成田忠明氏の思いから、表参道の一角に2016年オープン。ブルゴーニュとシャンパーニュ産にこだわり、その商品のほとんどを現地から直接購入・空輸し、常時3000本前後のワインを揃える。

■住所:東京都渋谷区神宮前4-21-11
■電話番号:03-6447-2244
■営業時間:午後2時〜7時(日:午後1時~7時/火:定休)
http://www.thewinegallery.co.jp/

Text:Takegawa Kei
Photo:Fujii Taku

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