ハイクオリティ&ハイレベルのトータルバランス
今日、アンコンジャケットのマーケットに多くの廉価なファクトリーブランドが流入したが、ベルヴェストは彼らをコンペティターとして意識しているようには見えない。錚々たる高級メゾンのファクトリーとして研鑽を積んできたベルヴェストは、安価な価格帯には決して手を出さないのである。「本当に良いものは安くは作れないのです」と語った川久保玲の言葉が思い出される。
むしろベルヴェストの地位は以前より遥かに向上している。高級素材を使い手作業を多用する既製服ブランドとして絶対的な地位を築き、揺るぎないブランドパワーを有するだけに顧客リストには医師、弁護士をはじめとするプレステージ性の高い職業が並ぶという。先月、伊勢丹新宿店メンズ館にトランクショーで来日した、ベルヴェスト社のセールスマネージャー、フランコ・マランゴンに「いま流行っているアンコンジャケットのブランドたちをどう思う?」と直球を投げると、笑顔で「今日、私はベルヴェストのことだけ、お話ししに来ました」とかわされた。
メンズファッションの世界でベルヴェストのセールスマネージャー、フランコ・マランゴンを知らない人はいない。ピッティ会場メインパビリオンの最上階に位置するクラシコ・イタリア協会のエリア内で、一番深いところにもっとも広いスペースを与えられ、豪華なソファをいくつも並べた、まるでスイートルームのリビングのような展示ブースで執事のように背筋を延ばしてお客様を迎える彼の姿は年に2回の名物でもある。彼に謁見し、その装いを拝聴するために世界中からバイヤーやジャーナリストたちがやってくる。クラシックなのに新鮮で、どこかモードの匂いさえ漂わせる彼の装いは、世界中のファッショニスタの憧れでもある。
この日も彼はネイビージャケットでやってきた。ピッティ会期の4日間を、ネイビースーツで通すフランコは「忙しい朝もコーディネートするのが楽ですから」「夜の席でもネイビーなら着替えなくて済みますので」と、ただ単に面倒だからといった風を装いながら、しかし隙なく完璧に装っている。「クロゼットの6割はネイビーです」と、グレーやブラウンの余地を仄めかすが、おそらくネイビーは彼のアイデンティティカラーなのだろう。金ボタンのついたダブルのジャケットは、彼の細いが筋肉質の身体にジャストサイズで纏われている。シャツのストライプの縞色は青が濃く、ピンク色のネクタイが胸元に優しく映える。水色のピンクの水玉が配されたポケットチーフは、ネクタイと呼応させているにちがいない。よくみるとジャケットはトーン・オン・トーンのグレンチェックであった。
「今秋のベルヴェストはトレンドとしてのチェック柄をお勧めしています。色はベルヴェストブルーと呼ばれる濃密な紺色や、多色の糸を使ったメランジカラーも多く取り揃えました。ビエラのウールやスコットランドのカシミヤがクオリティも高いですね。少し野暮ったさを感じるような色柄も、新鮮ではありませんか?」。
オーダー会のために用意された生地見本には、いままでのイタリア生地に多く見られた濃紺に鮮やかなカラーストライプではなく、くすんだトーンのメランジに大小さまざまな格子柄が乗るツイーディーな起毛素材が多く挟みこまれている。それをめくりながら、採寸に来た顧客に説明するかのように厳かなトーンで話してくれる。
「製品のクオリティを保つうえで、第一に重視しているのは生地です。縫製は生地に合わせて変えなくてはなりません。生地のクオリティが高ければ、縫製技術も高度なものが必要となります。そのためベルヴェストは技術力の高い職人を揃えているのです」
昨年、「カプセルコレクション」と呼ばれる新たなラインを発表している。これはアンコン仕立てのジャケット・イン・ザ・ボックスにも通じる軽い仕立てながら、ワイドなラペルとコンパクトなフォルム、そしてモダンな色柄生地を揃えたクリエイティブなコレクションである。通常ラインの黒タグに対して水色のラベルタグを持つこのコレクションが、これからのベルヴェストのひとつの柱になると、テーブルに相対し背筋を延ばしたまま彼はいう。
「ベルヴェストの優位性は生地、カッティング、縫製、そのすべてのバランスを高次元で揃えていることです。それは袖を通したときに、ご自身だけが理解できるものでみあります。いままで廉価なジャケットを1シーズンに2,3着購入していた方も、同じご予算でベルヴェストを1着買われてみれば、その違いはおわかりになるのではないでしょうか」。
原点回帰を掲げるメゾンが多い時代、多様な選択肢のある時代に、オリジンへ立ち返ることで再発見するものがある。ベルヴェストへの回帰もまた、男服の原点なのではあるまいか。そう思えるほどにフランコ氏の言葉は静かに響く。
Text:Ikeda Yasuyuki
Photo:Ozawa Tatsuya
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