スーツをもっと自由に愉しむために - THE GENTLEMAN'S VIEW OF SUIT
TAILOR & CUTTER 有田一成 / HAVERSACK 乗秀幸次 / THE RAKE JAPAN編集長 松尾健太郎
スーツのプロが考える、男にとってのスーツはどうあるべきか?
有田:20年ぐらい前の日本では、本当にかっこいいスーツが無かったように思うのです。当時はデザイナーズブランドが主流で、テーラーになりたいなんていう若者はほとんどいなかった。
松尾:昭和時代のテーラーは、普通の街のオジサンで、カッコいい大人ではなかったですよ。だから皆スーツを作らなくなってしまったのではないでしょうか。カッコいいテーラーがいたら、その人の作ったスーツを着てみたいと思うはずですから。
有田:そんな僕もテーラーになろうなんて思ってなかった。デザイナーになりたくて渡英して、たまたま入ったのがサヴィルロウのテーラーでした。そこで初めて本格的なスーツに触れて。そのときの感動を日本に広めたい、そう思ったのがきっかけなんです。
乗秀:僕はデザイナーなので、スーツに対する考え方がドレススーツとはちょっと違うんです。ハバーザックはあくまでカジュアルスーツですし、アタイアはテーラードに近くて、1920〜30年代のスーツを意識しています。
松尾:じつはスーツというのは100年以上その基本が変わっていない、服飾史上とても珍しい存在です。20世紀初頭にいまの形になってから、外観は大きく変わっていません。むしろ内側、仕立ての方法が進化しているという珍しいアイテム。そういう意味でも編集者としてたくさんのスーツを見てきて思うのは、鑑賞の対象としてスーツは非常に面白いということ。作る人によってデザインはもちろん考え方も違う。均一化されたスタイルではないんですね。スーツほど作り手の考え方が表れる服はありません。イタリアでも北と南で違いますし、同じナポリでもテーラーそれぞれが個性を競っています。
有田:だからこそ、いろいろなスーツを着る機会をもってほしいと思うんです。今日、僕の仕立てたスーツを着たら、明日は違う人の仕立てたスーツを着てみるという。イタリアのスーツの日もあれば、英国のスーツの日があってもいい。
乗秀:僕にとってスーツはカバーオールと同じぐらいの位置付けです。スーツって、Gジャンとジーパンのセットアップにタイドアップするぐらいの感覚でいい。それぐらいカジュアルにスーツを着ていいと思うんです。それに昔よりスーツの幅も広がっているでしょ。変わった素材のスーツもたくさんありますよね。昔だったらシャツ生地でスーツを仕立てるなんて、考えられなかったのに。長く愛着を持って着てこそスーツだと思われていましたが、いまでは流行として一過性のスーツを着ることも許される時代だと思います。
松尾:もっと多くの人に普段からスーツを着てほしいと思います。世の中がカジュアル化していくなかで、タイドアップしてきちんとスーツを着ることを紹介する雑誌が少なくなってきています。世の中とは逆行するかもしれませんが、THE RAKE JAPANではきちんとスーツを着ることを提案していきたいんです。スーツを着ることの重要な意味は、気分を上げることにあります。スーツって元々戦闘服ですから、着ることで気分を上げる。気分を上げるための材料としてスーツを活用するんです。ちょっとしたレストランに行くときスーツを着ていくと、スーツを着ているという自身の気分そのものも楽しめるはずです。
有田:レストランやバーでスーツを着ていくのは、その空間の一部に溶け込むことだと思っています。自分自身が空間の一部、インテリアの一部であるという意識を持って店に行けば、その店の雰囲気はとても良くなります。かつて男たちはバーで男を磨きました。そこではお酒の飲み方やタバコの吸い方だけでなく、スーツの着方も学べる場所だったのです。
スーツが似合う男になるために、必要なのはスーツを着ていく機会と場所。
松尾:もう1年半ほど、服好きな男性を紹介するブログを書いているのですが、ある程度おしゃれな人ほど、さらりとスーツを着ているように思います。一番多いのは、紺無地のスーツに白いシャツ。おしゃれを極めるとネイビーのスーツを着る。そこがひとつの終着点なのかもしれないとさえ思います。
有田:僕も昔はザ・ブリティッシュというイメージ作りとしてチョークストライプのスーツを着ていたのですが、今振り返ると笑っちゃうんですよね。一番大切なのはカッコいいスーツを着ることではなくて、人間そのものがカッコよくなることです。中身がカッコよくないと、何を着ても全然カッコよくない。シンプルな紺無地スーツが似合うというのは、シンプルな紺無地スーツを着てもカッコいい大人の男だということ。自分でも目指したいところです。
乗秀:僕はもうコーディネートなんてしないです。スーツなら上下がすぐに決まるので、あとはシャツを着るかTシャツを着るかだけ。夏はショーツのセットアップスーツに、エスパドリーユ。グルカショーツのセットアップとかも、色気があって好きなんですが、シアサッカーのスーツにボーダーTシャツだったり、もうなんか無茶苦茶でもいいやって。
松尾:コーディネートしないことのカッコ良さというのもありますよね。おしゃれな人って、オントレンドな格好をしているわけじゃないんです。THE RAKE JAPANでは英国の王族の方の特集を企画しているのですが、その方は、ものすごく太いネクタイをして、ものすごく衿腰の高いシャツを着ている。昔から、ずっとそうなんです。トレンドとは外れているけれども、その姿がじつにカッコいい。自分自身を確立しているからカッコいいんです。
乗秀:僕はここ何年か、ペグトップのパンツを合わせたスーツをコレクションに入れています。それは流行とは違うけれど、いつも新鮮に映るんです。スーツはミリ単位でこだわりを表現しますよね。そこが難しいけれど、面白いところなので。
有田:流行のものを買うだけではなく、作りに行こうかなっていうおしゃれもあると思うんです。スーツを買うのではなく、スーツを仕立てる。そこに遊び心が生まれると思うから。
松尾:着ていく場所も必要ですよね。先ほどのレストランやバーの話もそうですが、スーツやフォーマルを着ていく場所が日本は少ないように思います。結婚式ぐらいでしょうか。ドレスコード指定のパーティとか、もっとあってもいいですよね。そういうところにおしゃれしていくことで、男が磨かれていくと思うんです。英国で実際に遭遇したのですが、労働組合のパーティは、ブラックタイ着用だったことにびっくりしました。これじゃ日本の男は勝てません。
乗秀:おしゃれしていく場所に、いかにハズしていくかという愉しみ方もありますよ。僕だったら、わざと古着を着ていくかもしれない。
松尾:そういうことが学べるのも、スーツを着る機会があってこそ。ハズしというのはルールを知っていないとできませんから。
有田:僕ならタキシードよりもっと格上があることを知ってもらうために、パーティにはフロックコートで行きたいな。そういう大人の遊び場が、もっともっと増えるといいですよね。