【連載】「音楽」も「服」も自分の足でディグる! <ウールリッチ>店長 大山 敦|メンズ館で出会った○○マニア【伊勢丹新宿店】
伊勢丹新宿店メンズ館ではマニアックな知識をもつファッショニスタから、ハイセンスなウェルドレッサーまで、さまざまなスタイリストがお客さまをお迎えします。
今回ご紹介するのは現在開催中のメンズ館1階 ザ・ステージのポップアップストアでも店頭で販売を担う、<ウールリッチ>店長の大山 敦さん。元バンドマンという経歴をもち、今はアナログレコード蒐集が趣味という大山さんにレコードの魅力とファッション観について伺いました。
横須賀のパンクバンドがロンドンへ渡った理由
インタビュー開始早々「せっかくだから」ということで、ターンテーブルに一枚のLPレコードを乗せる。針を落とすと哀愁漂うブルースハープから昭和歌謡が流れてきた。1975年当時、東映所属の俳優中心に結成されたメンバーによる幻のアルバム『ピラニア軍団』のセットリストの一曲目には『その他大勢の仁義を抱いて』(歌唱:志茂山高也)と書かれていた。
「中古市場ではプレミアム価格で取引されているマニアの間では有名なレコードです。フォークシンガーの三上寛がプロデュース、坂本龍一が編曲していて、ピラニア軍団*1 のミュージシャンは錚々たるメンバー。今年8月に48年ぶりに再リリースされたことは、ニュースにもなって…」
ジャケ写を愛おしそうに眺めながら、大山 敦さんは饒舌だ。伊勢丹新宿店メンズ館に勤めるひとクセある、いや個性あふれるスタイリストを紹介している連載記事「#メンズ館で出会った○○マニア」で、「アナログレコードマニア」ということでご紹介する大山さん。音楽好きなのか昭和歌謡好きなのか、それとも? まずは大山さんの経歴について伺ってみた。
「高校生の頃からバンドをやっていて、プロになるつもりでいたんです。でもあまりうまくいかなくて…。そんな頃、バンド仲間とロンドンに行こうって話しになったんです。1994年のことでした。現地で生のイギリスの音楽に触れたいと思ったし、向こうでレコーディングしたり、曲が発表できれば帰国したときに話題にもなるので。日本でデモテープ作って、意気揚々と渡英したんです。」
バンドメンバーと共同生活をしながら、曲作りやライブに足を運ぶ日々。当時、デビューしたばかりのオアシス(Oasis)*2 のライブも10ポンド程で観られたのに、ひとつも聴きにいかなったという。
「今年再結成が発表になって、なんか縁みたいなものを感じますけど、その頃の自分は若くて生意気で、オアシスなどのブリットポップ*3 はあえて聴いていませんでした。シェパーズ・ブッシュってところに住んでたアパートの裏で、某ロックバンドの男性フロントマンと女性がよく一緒に歩いているのを見かけましたよ。メディアに出るときの彼は<フレッドペリー>のポロシャツがアイコンだったのに、普段着はダボダボのアメカジスタイル。後に雑誌のインタビューで、じつは某ロックバンド時代からヒップホップにハマってて、彼が担当していた次のプロジェクトはそのときに構想してたなんて話しを読んで、あぁ、やっぱりそうだったのかなんて答え合わせしたり(笑)」
そう振り返りながらも音楽性については悩み続ける日々。日本から持っていったデモテープも「なんか違う」と撮り直しを繰り返すも完成せず。やがて当初の目的を叶えることなく帰国。その後も試行錯誤しながらも、いつしかバンドは無期限休業へと入ってしまった。
「ある日、ジャミロクワイ(Jamiroquai)*4 が着ていた<アディダス>のジャージが欲しくて、そのジャージが置いてあるショップでアルバイトを募集してたんです。運良く採用してもらうことができて、そこからアパレルの世界に脚を踏み入れて、今日に至るって感じなんです。」
アパレル転職が演奏する側から聴く側への転機に
某スポーツショップに勤務しながら、近隣アパレルと交友。やがてロンドンで出会った知人が立ち上げたブランドを手伝うも、1年で休止というタイミングでアパレルから足を洗う。思いきって方向転換してメーカーの派遣社員をしながらウェブデザインの学校で広告デザインを学んでいたときに、ふとグラフィックへの興味が湧いたのだそう。
「もともと高校のデザイン科に通ってたんです。そういえば俺、デザイン好きだったなって思い出したんですね。ウェブデザインの学校でマッキントッシュを使っているうちに、グラフィックデザインが面白くなっていた頃、当時原宿の某ドメスティックブランドに声を掛けてもらってTシャツのデザインを提供していたら、社員にならないかって声をかけてもらいまして。」
再びアパレルの世界に舞い戻ると、勤務していた店舗近くにあったレコードショップへ通うようになる。
「はじめは店の若いスタッフが店で流してる音楽が全然知らない曲で、それで興味を持って、僕もレコードショップに行くようになったんです。バンドマンだったし、いろんな音楽を追いかけていたのに、知らない音楽だらけなんですよ。それが、ちょっとショックだったんですが、それでも面白くて足繁くレコード屋に通うようになったんです。」
バンドを辞め、しばらく年月が経っていたこともあり、純粋にリスナーとして音楽を楽しめるようになったのはこの頃から。ジャンルも問わず、様々なレコードを買い漁るようになった。やがて<バブアー>、<ウールリッチ>と転職を重ねながら、アナログレコード蒐集は大山さんの生活の一部となっている。
「とにかく刺激的な音楽を聴いていたい。70年代から90年代のものが多いですが、少し前はブリープテクノ*5 にハマっていて、今はレゲエ。毎週のようにレコード屋さんを周ってます。仕事の休憩中は、新宿界隈のレコード屋さんを周らなきゃいけないんで、けっこう忙しいんです(笑)」
大山さんは「いまや主流の音楽配信サービスやサブスクリプションは使わない」と断言する。レコード、カセットテープ、たまにCDというのが大山さんの聴き方。そのレコードはほとんどショップで購入するという。
「自分だけで探していると、どうしても世界が狭くなりますよね。お店の方々に教えてもらいながらレコードを選ぶことで、自分の知らなかったジャンルやアーティストと出会うことができるじゃないですか。知らない音と出会ったときの感動って、昔も今も全然変わらないですね。」
大山さんが愛してやまないベストレコード
「毎週のように何枚かレコードを買っています。休日のルーティーンは、洗濯物を干しながら、前日までに買っておいたレコードをMP3に変換して、ファイルを分割し、曲名をつけてiPodに落とすこと。そして次の日の通勤時に聴くのが最高の楽しみなんです。」
冒頭で紹介した『ピラニア軍団』は、そんな大山さんが最近手に入れたマニアックな名盤。予約購入までしたものの、よく行くレコードショップでオリジナル盤の貴重な付録パンフレットを見せていただいたのと、日ごろの感謝を込めてもう1枚購入して、2枚所有しているのだそう。
「渡瀬恒彦、川谷拓三、室田日出男、志賀勝ら昭和を代表する役者の方々。バックミュージシャンには村上“ポンタ”秀一、ムーンライダーズ*6 のかしぶち哲郎、後藤次利、斉藤ノヴとこれまたすごいメンツです。それにもまして、坂本龍一のアレンジがめちゃくちゃよくて、演歌とフォーク、ファンクとメロウが入り混じってる。こんなLP、二度と出ないでしょうね。」
2枚目は、プライマル・スクリーム(Primal Scream)*7 の『Star』。97年にリリースされたこの12インチアルバムは、ロンドンから帰国した頃の大山さんに、友人がプレゼントしてくれたものだそうで、今のアナログレコード蒐集癖があるのもこの一枚がキッカケだとか。
「アルバム『Vanishing Point』からのシングルカット。プライマル・スクリームがダブ*8 へ傾倒した時期のレコードです。ジャマイカのレゲエミュージシャン、オーガスタ・パブロ*9 がメロディカで参加していて、レゲエっぽい雰囲気があって、大好きなレコードなんです。今、レゲエにハマっているのも、この頃から影響されてたのかもしれません。」
3枚目はソルベント・コバルト(Solvent Cobalt)*10 の『Marigold』。東京で活動を続けるニューウェイブ系のインディーズユニットとして、ライブハウスにも足繁く通っている、大山さんの“推し”である。
「もともと海外でも人気のあったハードコアバンドをやっていた、カリスマ性のある男性ボーカルと女性ベーシストのユニット。ドラムマシンとフィードバックノイズがカッコよくて、すごく危うい感じの音がいいんです。ライブで聞きたいと思える数少ない日本のバンドのひとつですね。」
どれも思い入れのあるアルバムばかりだが、これらを持ち運んできたレコードケースもカッコいい。聞けば、2018年に<ウールリッチ>の世界キャンペーンで、ローリン・ヒル(Lauryn Hill)*11 とコラボレーションした限定ボックスセットなのだとか。非売品ではあるが、中身はローリンヒルのLPレコード『The Miseducation of Lauryn Hill』や限定LP盤、キャンペーンで製作されたTシャツなど豪華な内容となっている。
「<ウールリッチ>のアメリカンカルチャーとの結びつきを表現するのにヒップホップと手を組んだっていうのは、ちょっと意外かもしれないけど、レコード好きの自分としては、こういうノベルティをリリースしてくれたことが嬉しかったですね。」
レコードを選ぶように服を選ぶ"サードプレイス"
様々なジャンルの音楽を聴いてきた大山さんだが、それとともにファッションも変わってきた。
「いつも自分の生活の一部に音楽がそこにあったから、どうしても影響を受けますよね。パンクバンド時代は<ショット>の「ワンスター」やガーゼTシャツだったし、ロンドン時代はベルボトムジーンズに夏でもビーニーを被ってました。ショップスタッフ時代はその店の服を着るのがあたりまえだけど、それもファッションと音楽の結びつきが強かったから、自分にとっては音楽があってファッションがあったようにも思います。」
バンド活動、ロンドン生活、そして渋谷原宿のファッションシーンを渡り歩いてきた大山さんにとってのファッションは、リアリティに溢れている。雑誌やSNSで見たものではなく、実際に手にとって、店のスタッフと話しながら手に入れた服。
<バブアー>、<ウールリッチ>と音楽とは接点があまりなさそうなブランドに転職しても、イギリス、アメリカのカルチャーの背景には音楽が切り離せない。
「だから僕のスタイルも、なるべくそういう話ができるように準備はしてるつもりです。」という大山さんに今日のスタイルは何を意識しているのか尋ねてみた。
「昨秋発表されたのですが、2024年秋冬から<ウールリッチ>のリエイティブ・ディレクターにトッドスナイダーが就任して、新たに『ブラックレーベル』というコレクションを立ち上げたんです。9月25日(水)、その世界初公開がここ伊勢丹新宿店メンズ館で行われるんです。本国アメリカよりも先に公開されるなんてすごくないですか。そこでは什器からスタッフユニフォームまで黒で統一される予定。これまでの<ウールリッチ>を知る人が見たら、ちょっと驚いちゃうようなクリエイティブなコレクションを担っているんです。今日は『ブラックレーベル』を意識してブラックコーディネートにしてきました。」
先ほど、お気に入りのレコードを語るときのように熱く熱を帯びた大山さんの言葉。服を通販ではなく店で買う楽しさって、こんなふうに、まだどこにも出ていない情報を聞けることだった。そして以前の大山さんがそうだったように、「知らない」ことを「知る」に変えてくれる場所こそ人と人とが出会える場所。レコードショップでエサ箱*12 を掘りながら店員と話すことは、ショップでスタイリストに服を見繕ってもらうのに似ている。
取材終わりに大山さんは「僕がたっている店は、"サードプレイス"という一面も持っていたい」と言った。
「僕の知らない音楽の話をしに来てほしいと思うし、そういう店作りをしていきたいと思っています。いまの若い人たちってデザインがカッコいいからっていう理由でニルヴァーナ(Nirvana)*13 のTシャツとか着ていますよね。それはそれでいいとも思うんです。でもそこで、あの映画で誰が着ていたとか、何のバンドの誰に憧れてるからとか、ちょっとなんか話の種になることを2〜3個言えたほうが、別の楽しみ方ができると思う。レコードも音楽だけじゃなく、その制作背景とかストーリーが気になるじゃないですか。服もストーリーを知ると、もっと楽しくなるので。」
9月25日(水)からのポップアップストアでは大山さんも店頭でお客さまをお迎えする。是非、新制<ウールリッチ>の世界観を体感すると供に大山さんに会いに行ってみてはいかがだろうか。
9月25日(水)~10月1日(火)の期間で開催するイベント情報はこちら
- 開催期間:9月25日(水)~10月1日(火)
- 開催場所:伊勢丹新宿店 メンズ館1階 ザ・ステージ
【連載】「#メンズ館で出会った○○マニア」
伊勢丹新宿店メンズ館で日々お客さまをお出迎えするさまざまなスタイリストをご紹介する連載記事「#メンズ館で出会った○○マニア」のアーカイブをご覧いただけます。
Photograph:Tatsuya OzawaTatsuya Ozawa(Studio Mug)
Text:Yasuyuki Ikeda(ZEROYON 04)
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