【連載】「マグニフ」ヴィンテージ雑誌×ファッション。伊勢丹バイヤー・稲葉が神保町を散策する|イセタンメンズ散歩
お気に入りのコートを着て、ストールを巻いて、気になっていた東京の街を歩いてみる――そんな休日の過ごし方はいかがですか? 新連載第1回に登場するのは、「大学時代は神保町でしょっちゅう飲んでいましたが、今日は久しぶりに来ました」というメンズ館バイヤーの稲葉智大です。ファッション好きなら知らぬものなしの古書店マグニフで欲しい雑誌を漁り、神保町の名店で過ごす休日の半日。たまにはふらっと好きな街で好きなことをして時間を贅沢に使いましょう!
古書店「マグニフ」|店主の中武さんとファッションレジェンド慶伊さんと語り合う
古本の街・神保町でまず稲葉が訪れたのは、ファッション誌やカルチャー誌を取り扱うヴィンテージマガジン専門の古書店「マグニフ」。ファッション関係者にとっては図書館・資料館ともいえるほど貴重で希少な雑誌が満載で、稲葉が店内に入ると、なんと先客にあの慶伊道彦さんがいて、店主の中武康法さんと歓談中でした。
稲葉 慶伊さん初めまして。伊勢丹メンズ館バイヤーの稲葉です。「マグニフ」でお会いできるなんて幸運すぎます。「マグニフ」にはよくいらっしゃるんですか?
慶伊 自分が勉強するために来ます。中武さんはファッションのことも、流行の流れもよく分かっていて、雑誌のセレクトも「分かって置いている」ので、探しものにもすぐアプローチできます。僕はピンポイントで「こんなモノが欲しい」と中武さんに相談することが多い。以前は70年代にフォーカスしていましたが、今は60年代に絞っています。当時のファッションのことは「雑誌が一番詳しい」からね。
稲葉 なぜ70年代から60年代に遡るんですか?
慶伊 もしこれから勉強を始める方がいれば、70年代から入るのをオススメします。70年代は日本では「アイビー黄金時代の終わりで、新しいプレッピー時代の始まり」なので、「ブームの終わりと始まり」の両方が分かります。そうすると必然的に60年代を知りたくなる。最初から60年代を知りたいなんて生意気を言わないで、まずは70年代をお勉強したほうがいい。
稲葉 なるほど。アドバイスありがとうございます!
慶伊 70年代前半なら『MEN’S CLUB』や『平凡パンチ』、後半は『POPEYE』や『HOT DOG PRESS』などがいいでしょう。
アイビーのうんちくを知りたいならMEN’S CLUB増刊を、当時のスタイリングを知りたいならアメリカの雑誌を
稲葉 今日は「マグニフ」にアイビーの資料的のような雑誌を探しに来ました。
慶伊 それならMEN'S CLUB増刊・アイビー特集号が、うんちくが多いので資料的な価値があっておすすめです。
中武 こちらは70年代に5冊出ていて、アイビーについては網羅しています。赤の表紙は、1973年1月号のMEN’S CLUB増刊・アイビー特集号 第2集です。
稲葉 MEN’S CLUBの月刊誌のバックナンバーがずらっと揃っていますね。
中武 当時MEN'S CLUBを読んでいた人は大事に持っている率が高いので、コンディションの良い雑誌が入ることが多いです。
慶伊 今はここにないですが、60年代初めのMEN’S CLUBの43号がアイビー特集で、それが日本のアイビーの原点。でも増刊で充分ですよ。アイビーのうんちくを知りたいならMEN'S CLUBの増刊、当時のスタイリングを知りたいならアメリカの雑誌がいい。アイビーのディテールはMEN'S CLUBが本場から教わったとおりにしっかり記載しています。あと、基本を勉強するなら当時のメーカーのカタログも良いね。
中武 Z世代などの若い方が、今のPOPEYEを見て、「アイビーって何だ?」と探しに来ることが増えました。そういう人には80年前後のMEN’S CLUBをオススメしていて、プレッピーブームの頃の海外取材のリアルスナップがとても良い。うんちくよりもビジュアルを見たい方にはオススメです。
稲葉 慶伊さんは、80年代は何に注目されていたんですか?
慶伊 80年代はNYのクラブにはまっていたね。自分の基本はトラッドだけど、NYのヴィンテージスタイルが好きで、60年代の古着を着ていました。当時はイーストビレッジのカルチャーが華やかな頃で、僕はそこで「50年間通用するカルチャー」を身につけた。NYは一つの国だよね。
稲葉 「50年間通用するカルチャー」、カッコイイです!
雑誌が入っているビニール袋の口が、開いているワケ
慶伊 アメリカの雑誌は、『Esquire(エスクァイア)』はカルチャー・ライフスタイル誌、『GQ』はファッション誌、『LIFE』は社会派の写真誌と覚えるといい。
中武 LIFEはファッション誌でありませんが、当時の文化や戦争などドキュメンタリーのグッとくるビジュアルが多いので、当時の市井の人々のリアルなファッションを知るのに適した雑誌です。
慶伊 GQは、80年代前半の俳優の表紙じゃない号は、アイビーブーム後のニュートラディショナルスタイルを知りたいなら間違いない。80年代の『M』のポストラルフローレンスタイルなども知っておくことは大事ですよ。
稲葉 「マグニフ」ならそれらすべてをカバーしているということですね。
慶伊 雑誌によって得意なカテゴリーや、得意な年代が異なるからね。
中武 ファッションは流行がありますが、「マグニフ」では幅広く分け隔てなく扱おうと思っています。お客さんにも雑誌の中を自由にご覧いただけるように、袋の口を開けていますので、丁寧に扱って見て欲しいです。
稲葉 僕なら「マグニフ」に一日いられます(笑)。中武さんはどうやって雑誌や本の知識を学ばれたんですか?
中武 こうやって営業しながら、慶伊さんはじめお客さんから教えてもらっていますね。
慶伊 中武さんには持って生まれたセンスがあるからね。それで信用しました。
稲葉 自分の本を売りに来店される方も多いですか?
中武 「マグニフ」は買い取ったものを売る古本屋なので、買取もできますが、在庫の関係で選ばせていただくことが多いですね。
稲葉 「自分のお目当ての雑誌と出合いたい」ときはどうすればいいですか?
中武 発売年月や月号など、ピンポイントで捜すならネットの方が見つかる可能性がありますが、たとえば「60年代のアメリカントラッドを知りたい」なら、ご相談いただければオススメをご紹介します。
稲葉 今日は勉強になりました。慶伊さんのオススメのMEN'S CLUBアイビー特集号を買います。それにしても慶伊さんは本当に生き字引ですごいです。ありがとうございます。
中武 慶伊さんに「日替わり店長」をお願いしたいくらいです。
慶伊 もし中武さんに店長を頼まれたら、僕は店を閉めて一人で雑誌を見ているよ(笑)。
天麩羅「はちまき」|文豪らをトリコにした天ぷらを味わう
――「マグニフ」をあとにした稲葉は、昼食に同じ並びにある神田神保町「天麩羅 はちまき」へ。
稲葉 天ぷら大好きです。店主の青木さん、オススメは何ですか?
青木 オススメは「穴子海老天丼」(穴子、海老二本、れんこん、ピーマン)1,500円です。
稲葉 穴子海老天丼は、この色紙の文豪に関係あるんですよね、青木さん。「晝(ひる)は夢 夜(よ)ぞ現(うつつ)」と読めます。江戸川乱歩さんですね。
青木 自分の祖父の青木寅吉時代からのご贔屓が乱歩先生で、江戸前の天ぷらでは、コースの一番最後に穴子が出るんですが、乱歩先生が寅吉に「おやじ、穴子と海老2本ぐらいを丼に載せて出してくれ」と言って、当時は穴子を丼にのせるのは邪道だったんですが、穴子海老天丼を作ったら、宴会で、俺も俺も!となったそうです。乱歩先生ゆかりの丼ものです。
稲葉 素敵なエピソードありがとうございます。
青木 今でも作家さんをはじめ、俳優さんや芸人さんなどが役作りのために本屋巡りをして、ここで本をめくって天ぷらを食べて行かれます。皆さん「神保町に充電しに来る」んですよ。
「まるで、朝ドラのようだ」と、思わず唸る「はちまき」物語
稲葉 穴子海老天丼、天ぷらの衣がシャキッと立っていて、美味しかったです。衣がとてもサクサクしていて、見た目よりもあっさりしていて大満足です。
青木 「はちまき」の天ぷらは、新鮮な食材を「よく揚げる」のが信条です。寅吉は常々「焦げる一歩手前のがけっぷちが美味しい」と言っていて、きつね色になるまで揚げるのを三代目の自分も守り続けています。天ぷらにタレをたっぷりかけて、米はコシヒカリにこだわっています。
稲葉 店名はどうして「はちまき」なんですか?
青木 明治15年(1882)に、神田末広町(今の外神田)に「魚安」という湯島の料亭に仕出しをする店があって、花柳界相手にとても繁盛していたそうですが、大正12年(1923)年の関東大震災で店がつぶれたそうです。地震のとき、私の祖父の寅吉はちょうど宴席に配達の途中でしたが、川に落ちてしまい、誰かがはちまきを渡してくれて助かったそうです。
稲葉 なるほど!
青木 それで寅吉は魚安の婿養子になり、昭和6年(1931年)に神田駅前で店を再開。間口が狭い店だったので、天ぷら専門店にして「はちまき」という店名にしました。しかし、昭和18年(1943年)に東京大空襲で焼き出され、神田の闇市ですいとんを売ったり、復員兵相手の料理屋をしていたそうですが、昭和20年(1945)にこの神保町に移転。洋服屋の跡に「はちまき」を出しました。幸い、神保町は空襲から免れたので、今も営業していますが、寅吉は相当苦労したと思います。明治の人ってすごいですね。
稲葉 寅吉さんは、朝ドラのストーリーのような半生だったんですね。貴重なお話をありがとうございます。青木さんは代を継いで何年目ですか?
青木 継いで13年になりますが、この「すずらん通り」だけは昔ながらの店が不思議と残っていて、毎日映画やテレビなどのロケをしています。
稲葉 はちまきで天ぷらを食べていると、時代を忘れそうです。美味しかったです。ありがとうございました。また食べに来ます。
喫茶店「さぼうる」|コーヒーを飲みながら、MEN'S CLUBアイビー特集号を楽しむ
稲葉 マグニフは久しぶりに訪ねましたが、さすがでしたね。洋服屋の目線で見ると、とても資料性の高い雑誌や書籍がしっかり整理されていてすごいです。たくさん雑誌がありますが、「知りたい年代やアイテムやテイスト」などを中武さんに言えば探してくれるので、信頼感もとてもあります。――本当に図書館のようですね。
稲葉 中武さんも仰っていましたが、MEN’S CLUB編集部にバックナンバーの問い合わせをしたら、マグニフさんを紹介されたそうで、業界でも一目置かれているのでしょうね。慶伊さんはとにかくお話が上手で面白い。60~80年代に最前線で生きていたレジェンドで、時代をリアルに体験されているので、言葉に重みがあります。
――購入した「MEN’S CLUB増刊・アイビー特集号 第2集」はどうですか?
稲葉 最近、若い人を中心にトラッド・アイビーブームの徴候がありますが、こういう雑誌を見てルーツを知ると、もっと知りたくなって、またマグニフに行くことになります。歴史の中にはルールなどいろんなものが詰まっていて、それを知らないと楽しめないし、知るともっと深掘りしたくなりますね。
――いわゆるネタ本としても価値があります。
稲葉 ファッションが好きな人は勉強好きで、特に日本人はいろんな国の要素を組み合わせて新しいカルチャーやスタイリングを作ることができて、日本のモノづくりも注目されているので、これから生まれてくる新しいファッションに期待していますが、原点を辿っていくとアイビーで、慶伊さんたちが生き抜いてきた時代なんですよね。
――「神保町散歩」はいかがでしたか?
稲葉 神保町は古本屋、喫茶店、カレー屋が多くて、学生とサラリーマンの街。「はちまき」のような老舗の名店も多いですね。大学が水道橋だったので、青春の思い出が蘇りました。神保町の歴史とファッションを探求できるこのコースは味わってほしいです。
――インターネットの中にはない「体験」があります。
稲葉 食べものも空間も本も建物も、ここに来なきゃ味わえないみんなの財産です。雑誌の紙の質感、天ぷらの匂い、喫茶店の木のテーブル……、タイムスリップは楽しいですね。
稲葉智大|雨の日、きょうのスタイリング
稲葉 あいにくの雨でしたが、ポジティブな気分になれるようにコーディネート。スタイリングの主役ははっ水加工のコートで、上品な生成りのモックネックニットをキーカラーに。ホームスパンの武骨なパンツを合わせています。最近は、上品さとラギットさを組み合わせるスタイリングが好きです。
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Photograph:Yusuke Iida
Text:Makoto Kajii
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