【インタビュー】ジェームス・ヒーリー|香りで物語を紡ぐ英国紳士の世界観。
過去と未来のバランスが描く、洗練のモデスティ。
「<HEELEY/ヒーリー>というブランドは、実はノーコンセプトなんです。イメージが固定化しないように、時の流れとともに常に進化させていきたいですからね。天然素材のマリアージュが生み出す香りは、ワインや食事と同じく地球からの贈り物。イメージ、フィーリング、メモリーに深く作用する香り自体ももちろん大切ですが、グラフィックやボトル、パッケージの質感やデザインとのコンビネーションも、極めて重要な要素であると考えています」
慎重に言葉を選びながら、しかし情熱的に自ら手掛けるフレグランスブランド<ヒーリー>について教えてくれた、イギリス・ヨークシャー出身のジェームス・ヒーリー氏。現在はフランスを拠点としながらも、語り口は生粋のジェントルマンそのものだ。
ロンドンで哲学、美術、法律、心理学を学び、実際に弁護士資格を有しているというヒーリー氏。そんな彼が香りに興味を抱いたきっかけは、マンチェスターの学校に通い、父の迎えを待っているときにふと立ち寄ったフレグランスショップでの体験なのだという。
「香りというものを初めて強く意識したのが、そのショップを訪れたとき。子供ながらにその豊かで奥深い世界に触れ、いつか自分の香りを作ってみたいと思うようになりました。学校の友人同士で語り合うような趣味ではありませんでしたが、その頃から強く香りに惹かれるようになったんです」
自ら素材を厳選して調香を行い、グラフィックデザインも手掛けているものの、「自分は調香師でもグラフィックデザイナーでもない」と声を大にするヒーリー氏。
「少年時代から強く惹かれていた“香り”作りを志したのは、クリエイティブな刺激を求めてパリに移り住んでから。南フランスにある工房で修行をし、今もその自然豊かな土地で、できるだけ自然に近い素材と製法にこだわって製造しています。でも、だからといって私は調香師になったわけではありません。私は理想の“香り” をクリエイトするために自分自身で調香し、デザインし、パッケージの紙やホットスタンプまで決して妥協することなく選びます。しかし私にとっては調香もデザインも“仕事”ではなく、あくまで自分の理想を実現するためのひとつの“手段”に過ぎません。これからも過去にとらわれず、情熱に従い、いろんな理想を実現していきたい。具体的なゴールは設定したくないんです。もし私の職業を一言で表すとしたら、単に“クリエイティブ”と呼ぶのが、最もふさわしいかもしれませんね」
そんな<ヒーリー>のフレグランスを一言で表すとしたら、「モデスティ(上品)」だろうか。フレッシュかつモダンでスタイリッシュ。ラグジュアリーでありながら、どこかこれまでのフレグランスとは一線を画す“今っぽい”洗練されたサプライズがあるのだ。
「他ブランドのことは、正直よく知りません。だから“違い”を表現するのは難しいけれど、ひとつだけ言えることは、<ヒーリー>は私自身のテイストを完璧に反映しているということ。私は歴史や伝統はリスペクトしているものの、決して好きではないので進化や驚きをより重視しています。過去と未来のバランスの取れた、新しい視点が必要なのです。香りも人生も、なによりバランスが大切。強い印象を残すことよりも、自然で心地よく、エレガントなフィーリングを感じさせることを意識しています」
新鮮さと驚きに満ちた、エレガントな挑戦。
<ヒーリー>がスタートしたのは、2006年のこと。ジェームスにとっての処女作である「マント・フレッシュ」は、ミントというとてもシンプルでポピュラーでありながら、香りにするのはとても難しいとされている素材をメインに作られており、これまでにないモダンでエレガントな香りとして今なお高く評価されている名作中の名作だ。その後も「カルディナル」、「エスプリ・ド・ティーグル」、「セントクレメンツ」といった、ナチュラルで軽妙な香りを次々と発表し、緻密で奥行きのある世界観を作り上げてきた。そんな<ヒーリー>の日本のマーケットにおける存在感を一挙に高めたのが、17年に発売されたファッションブランド<MAISON KITSUNE/メゾンキツネ>とのコラボレーションフレグランス。柚子をフィーチャーしたオードパルファン、その名も「ノート・デ・ユズ」だ。
「メゾンキツネのマサヤ(黒木理也氏)とは、彼らがブランドをスタートさせた2002年頃からの付き合い。そしてマサヤ自身、私のフレグランス『セル・マラン』のヘビーユーザーでもあったんです。キツネと私たちはともにユニセックスブランドであり、フレッシュで、エレガントで、タイムレスであるという特徴を持っています。そして音楽やファッションへの情熱、エネルギーを共有できる存在なんです。それにマサヤは、日本人とフランス人というふたつのルーツを持っている。英国出身でフランスに暮らす、私と似通ったアイデンティティをも持っているんですよ。そんな彼らとのコラボレーションはとても自然で、ある意味必然的な素晴らしいものでした」
日本でおなじみの柚子も、フレグランスの材料としては斬新だ。もちろん海外では、ユズという果物自体がエキゾチック。いかにもヒーリー氏ならではの刺激的な挑戦と言えるかもしれない。そして最新作である「ブラン・プードル」は、さらに独創的だ。
「これまでの<ヒーリー>のイメージから脱却するような、新しいチャレンジを求めていました。そこで思いついたのが、何年か前にロシアのハイファッションマガジンの依頼で製作した、磁器作品をテーマとしたパウダリーな香りをフレグランスに仕上げることでした。雑誌の付録の香りは紙につけるもので、人の肌に直接つけるものではありませんでしたから、根本から見直す必要があったんです」
<ヒーリー>といえば、軽やかでフレッシュ──そんなパブリックイメージができ上がりつつあったなかで、あえてその固定観念を破壊してやろう、というくらいの心意気で取り組んだのが今回の作品というわけだ。
「主題の磁器作品を香りとして表現するに当たっては、3つのアイデアを活用しています。まずは高級なリモージュ製の磁器を思わせる、パウダリーなホワイトムスク。そしてチンパンジーという野生を思わせる、ジャコウネコの分泌物であるシベット、そして地面の草花を思わせる、華やかなジャスミンやヴァイオレット。これらを融合させることで、ネバーランドというおとぎの国に住んでいる永遠の存在であり、磁器のホワイトとゴールドという美しいコントラストで仕上げられた、究極のリッチを描き出しているのです」
柚子、磁器、そして旅のイメージや物語など、自分の身の回りのあらゆるものがインスピレーションであると語る、ヒーリー氏。果たして彼が次に「キャプチャー」する(捕らえる)のは、いったいどんな“香り”なのだろうか。
「日本は常にインスピレーションにあふれていますね。固有の文化や人々の繊細さ、建築、食べ物などは、いつも興味深く“キャプチャー”していますよ(笑)。特に素晴らしいと思うのは、古い伝統と革新性のマリアージュ。そのバランス感覚は私にとって理想的で、非常に心地良いものなのです」