2018.11.06 update

【特集】 創業のころを思い出させる新工場が竣工──150年にわたって受け継がれてきた<大塚製靴>のDNAとは

日本が誇る最古参のシューファクトリー、大塚製靴が2017年12月、池上本門寺からほど近いエリアにあらたな工場を竣工した。案内役は、工場長の間宮喜一さん。この業界では弱冠と頭につけてもおかしくない、46歳の若さで工場長を任された間宮さんは大塚製靴に新卒入社、技術研究室、生産管理課でキャリアを積んだ文字どおりの叩き上げだ。 


──横浜の日吉にあった工場は大塚製靴にとって心臓部と呼べる生産拠点。その閉鎖は靴業界のひとつの時代の終わりのようで、しめっぽい気分になりました。

間宮 海軍の軍靴工場用地として取得した5万8000平方メートルに及ぶ日吉の土地に工場を竣工したのは1961年のこと。これを機に〈スリーワイズ〉や〈ボンステップ〉といったオリジナルブランドの開発に着手、最盛期には150人の職人を擁し、年間20万足を生産していました。まさに、大量生産の時代ですね。


<大塚製靴>工場長の間宮喜一さん


間宮 21世紀を迎えると、紳士靴業界はがらりと様子を変えます。いわゆる高級靴のブームの到来です。あらたなニーズに応えるべく、注文靴からはじまった大塚製靴の原点に立ち返って2002年に立ち上げたのが、〈OTSUKA M-5/オーツカ エム・ファイブ〉。創業の明治5年から採ったビスポークとレディメイドのブランドです。この好評を受けて2014年にレディメイドのプレステージライン〈OTSUKA +/オーツカ プラス〉、2017年に上述の両ブランドのいいとこ取りをしたレディメイドとパターンオーダーの〈OTSUKA + M-5/オーツカ プラス エム・ファイブ〉をデビューさせました。これらのブランドに照準を合わせてつくったのが東京工場です。



──次の時代の幕開けと考えれば、そう悲観することもありませんね。そして幕開けにふさわしく、働かれている職人さんも若い。

間宮 こちら(2階)はレディメイドのフロアです。総勢27人の職人が在籍しており、その平均年齢は30代半ばになります。

──先日取材したノーサンプトンの工場は60歳からようやく50代半ばに引き下げることができた、といっていました。大塚製靴のフレッシュぶりが際立ちます。

間宮 工場移転と前後して、ちょうど代替わりのタイミングだったのです。ただ、喜んでばかりはいられません。職人仕事はキャリアがものをいう世界ですからね。品質を落とすことのないよう、引退した職人さんたちにも定期的に指導に来てもらっています。


──移転でなにが変わりましたか。

間宮 少量多品種を志向した結果、生産足数は最盛期の5分の1に。効率面で考えるとあの広々としたフロアは手に余りました。この点は改善されましたね。ざっくばらんにいえば、少量どころか、ほとんど一足流しです。たとえば底付けの意匠はひとつ変えるだけでカッターの刃も変えなければなりませんから。感覚としてはビスポークと大差ありません。少人数で回していますので、結果的に前後1〜2工程に携わる多能工の仕組みが生まれつつあるのも新工場の強みになりうると思っています。流れ作業ではないものづくりは現場の意識を変えるのにも役立ってくれるでしょう。

──大塚ならではのていねいなものづくりは磨きがかかっている印象です。

間宮 弊社の強みはやはり、愚直であることに尽きると思います。飾り鋲も釘一本一本仕様書に忠実に打ち込みますし、時間のかかるヤハズ仕上げがブランドの顔となりつつあるのもそういうスタンスがあってこそです。ここはいっそう研ぎ澄ましていきたいと考えています。


──あらたに導入した革リブについてうかがわせてください。履いた瞬間にまるでハンドソーンのようだと驚かれるカスタマーが続出しているそうですね。

間宮 リブはグッドイヤーウェルトの底付けに欠かせないパーツです。ご存じのようにその素材には芯地を入れたファブリックが使われています。これが靴の屈曲に干渉し、履き慣らすまでに時間がかかりました。我々が開発したそのリブはその名のとおり革製。一枚のフラットな革を中底に縫い付けており、足の返りにしなやかについてきます。

──世界を見渡しても稀なスペックですね。

間宮 スペックには自信をもっていますが、手間が増えるのは避けられません。その構造上、すくい縫いの工程でリブを起こす作業が必要になるんです。これを手作業で、となるとたいへんな労力が必要になりますので、カンボリアンというセメント製法の横吊り込みに使う機械をカスタムして使っています。〈オーツカ プラス〉ではじまって、現在はイセタンメンズ限定の〈オーツカ プラス エム・ファイブ〉にも採り入れています。


シューズ 129,600円


──一連のブランドのマーケットでの反応はいかがですか。

間宮 おかげさまで順調に推移しております。〈オーツカ プラス エム・ファイブ〉で年に一回リリースするイヤーモデルも2017年は完売、今年も好調な滑り出しをみせています。2018年版はスキンステッチ&シームレスヒールという技術の粋を集めたモデル。新工場の地力を知っていただくには格好の一足だと思います。



──現在の生産足数を教えてください。

間宮
グッドイヤーウェルト製法で日産50足です。一部セメント製法の靴をつくっていますが、いずれはグッドイヤー一本に絞っていきたいと思っています。箱はできましたので、現場を充実させて倍の100足にまでもっていくのが当面の目標です。


受け継がれる伝説の職人仕事




──1階がビスポークのフロアですね。

間宮 手裁ちから底付けまで、すべてここでフィニッシュしています。木型1人、裁断1人、縫製1人、底付け2人の計5人態勢です。こちらはベテランさんもがんばっていただいていますので、平均年齢は50歳を少しまわります。木型職人はまだ20代の若手なので、弊社出身の職人さんに指導を仰いでいます。昭和を代表する木型職人の薫陶を受けた方です。

──製甲の職人さんは一見してベテランのオーラがプンプンしています(笑)。

間宮 中学出てこの世界に入られたから、かれこれ53年。土田勇は超のつくベテランです。
土田 もう引退したいんだけどさ(笑)。いまは後継者を育てている最中だよ。


──大塚製靴の製甲の魅力はどこにあるとお考えですか。

土田 うちの靴は糸の番手によって針足(落とす針の数)も厳密に決まっている。婦人靴に多い30番なら3センチ17針、20番なら14〜15針、8番なら10針って具合にね。昔は数をこなすことが正義だった。職人の給料は出来高制だったんだから当たり前だ。速さはもちろんだが、いまは自分が買うつもりで縫うってのを大切にしているね。

──底付けの石渡孝さんはあの坂井栄治さんの愛弟子とか。坂井さんといえばMFUマイスター(技術遺産認証)にも選ばれた、大塚製靴を代表する職人ですね。

間宮 わからないことがあれば石渡、というくらい今や石渡が弊社の生き字引です。
石渡 15歳からはじめて今53歳です。紳士靴の坂井と、メトウヤ(婦人靴)の一ノ瀬(弘之)。このふたりから手取り足取り教わりましたね。〈オーツカ ビスポーク〉はエレガントな雰囲気が持ち味ですが、それはヒールのまくり、コバの形状、梳き加工など要所要所にメトウヤの技術、感性を採り入れているからだと思います。



150年にわたって受け継がれてきた大塚製靴のDNA。その種はあらたな花を咲かせてくれそうだ。

Photo:Shimpei Suzuki
Text:Kei Takegawa

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