スティーブンスに通じる英国紳士の品格

 
<エッティンガー>のコレクションはブライドルレザーをつかったレザーグッズには珍しい、薄づくりの構造も古くからの魅力だが、そこにもカスタマーの存在があった。
 
「ロンドンの直営店には洒落者が集まります。彼らが望んだのが、外に響かないウォレットだったのです」
 
バフがあればさほど難しくはないその工程も、手漉きとなれば話は別である。紳士を満足させるクオリティが具現化できたのはバーミンガムという土地柄ゆえで、それはいまなお<エッティンガー>のプライオリティになっている。


「<エッティンガー>は無数のアウトワーカーで成り立っています。近隣に住む女性たちがパーツをつくり、それを工場で組み立てる仕組みです。その仕組みはバーミンガムでは伝統と呼べるもので、おかげで人材には苦労していません。母から娘へと受け継がれる態勢がしっかりと根づいているのです。<エッティンガー>の職人として一人前になるには5年近いキャリアが必要です。そういう腰を据えた取り組みが途切れたら、とたんに立ち行かなくなるでしょう」
 
日本のものづくりと比べれば、という前提でいえば、そのコレクションはけして繊細ではない。しかしそれはいわゆる価値観の違いである。細い糸を細かく縫うか、太い糸をしっかりと縫うか。化繊混紡の糸を厭わないスタンスからも推し量れるように、何年経ってもへこたれない頑強さを採ったのが<エッティンガー>であり、まさに馬具づくりの思想が息づいているのだ。ルーツを重んじるがゆえのタフなものづくりと考えれば愛着も湧く。
 
最たるものがブライドルレザーだろう。本場イギリスでは1000年以上の歴史があるともいわれている、馬具のために生まれたロウ引き加工の牛革である。
 

「<エッティンガー>はわたしの祖父が創業しました。馬車から自動車の時代に移り、経営が行き詰まった鞍の工場が売りに出ていて、祖父が名乗りを上げたのです。祖父はもともとテーラーの仕事をしていました。英国人として誇れるプロダクトを模索するなかでブライドルレザーにたどり着いたようです」
 
ロバートはドイツやカナダのファッション業界で働いたのち家業入りした。よその会社の世話になったのは、あくまでその経験を<エッティンガー>に生かすためだった。ロバートの父は結局跡を継いだものの、一度は映画の世界に足を踏み入れたそうだから、えらい違いである。
 
「このビジネスはたいして儲からないかも知れませんが、ビジネスというものは例外なくタフであり、人生の目的はそこにはありません」
 
1996年に王室御用達の仲間入りを果たすことができたのはほんとうに励みになりましたと語るロバートは、どこかカズオ・イシグロの名著『日の名残り』の執事を思わせた。
 
最近の楽しみは抜き打ちで操業の1時間前に工場に入り、仕掛かりの具合をこっそり確かめることだそうだ。

Text:Takegawa Kei
Photo:Fujii Taku

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