<ギルド・オブ・クラフツ>
靴 113,400円


かつてない人由来の木型


「日本にはまだまだ正しいフィッティングというものが根づいていない。お客さまと接してつねづね感じてきたことです。この木型がひとつのガイドラインになってくるだろうと自信をもっています」   

プレタポルテをつくってくれないか──そういう声は以前からあったという。しかしわれわれが取り組む意味、内容が伴わなければと慎重な姿勢を崩さなかった山口の背中を押したのが銀座の直営店ではじまったプライム・フィットだった。ベースの木型に補正を加える、いわゆるパターンオーダーである。   

「かれこれ20年が経ちますが、ひとつの木型で足したり引いたりしているうちに現代日本人の足型の傾向が浮かび上がってきた。蓄積されたデータを集約する木型がつくれたら、それはかつてないプレタポルテとして成立するのではないか。そう考えたのです」   


いちから見直した木型は隅々にまで山口独自の設計理論が息づいているが、なかでも従来踏みつけ部にあった幅の最大値を前方にずらした構造は特筆に値する。 

「無数の足をサンプリングしてわかったのは、現代人は踏みつけ部よりも親指と小指をつなぐラインが広い、ということでした」   

構造をがらりと変えたにもかかわらず、従来の靴に慣れた目でみても違和感がないどころか惚れ惚れするほど。それこそが40年、木型を削りつづけてきた山口千尋の真価である。履き込むことで現れるシワも考慮に入れているというから言葉もない。構想から完成にいたるまでゆうに1年を超える時間がかかった。木型はもちろんのこと、製靴の面でも一歩も譲らなかったからだ。 


 人由来のねじれを具現した木型はアッパーを釣り込むプロセスに熟練の技が求められる。機械釣りならなおさらだ。踏まずのシルエットをみてもらえば一目瞭然だが、そのような不利は微塵も感じさせない。木型に合っていないアッパーは痩せるといって嫌なシワが寄りがちだが、〈ギルド・オブ・クラフツ〉のそれは肉感的な表情をたたえている。   

山口はパリで初の個展を開いたとき、ぼくがいなくても成り立つ仕組みをつくりたかったんですとその狙いを語っていた。海外展開は順調に進んでおり、現在はアジアを主戦場に忙しい日々をおくる。プレタポルテの始動はいよいよ引退を視野に入れた動きでしょうかと尋ねたら、山口はこう答えた。 

「少なくともものづくりに向き合っているときに先々のことは考えていません。ものづくりはそんな簡単なものではありませんからね。ただ、工房継続の原動力になるのであれば、それはそれでうれしいことです」   


Text:Takegawa Kei
Photo:Okada Natsuko 

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