【インタビュー】パンツ職人・尾作隼人|パンタロナイオという職業
自分の目が届きにくいからなのか、ひと昔前まで腰から下のアイテムは軽んじられる傾向にあった。ところが、手仕事を評価する流れで靴が、イタリア発信のテーパード・シルエットでパンツが脚光を浴び、ソックスの差し色効果が喧伝されるにいたってボトムは日の目をみた。この流れにぴたりと合致し、世に出たのが尾作隼人だ。
ファッションのとっかかりは〈アレキサンダー・マックイーン〉や〈ケースリー ヘイフォード〉といったテーラーの世界でキャリアを積んだデザイナーへの憧れだった。あんなきれいな服をつくってみたいと文化服装学院に入学、卒業すると老舗のテーラーの門をたたく。ところが尾作はほどなく、みずからの意志とは無関係にパンツのアウトワーカーとして一人立ちすることになった。先輩に助けられながら工賃仕事を一つひとつこなしていったという。
「そのころはなんとかパンツで食いつないで、ジャケットをおぼえていくつもりでした」
アウトワーカーをはじめて数年が経ったころ、気鋭のテーラーから声がかかった。そういうオファが重なり、気づけば目の回るような忙しさに。確実に地力をつけていくなか、暇をみつけてはジャケットやベストをまなんでいった。そんなときにナポリ帰りの上木規至に出会う。
「ひとめみて、なんて浅はかだったんだろうと思いました。日本人ならではの緻密さをそなえつつ、それまでのどんなテーラーとも違っていた。一言でいえば、ナポリそのものだったんです。片手間ではとうてい太刀打ちできない。いわゆるテーラーの道はあっさり諦めました」
勇気ある撤退を後押ししたのは、もちろんパンツ一本でやっていけるんじゃないかという手応えだった。そしてそれまで以上にパンツづくりにのめり込んでいった。
「この点で日本ほど恵まれている環境はないと思う。世界中のパンツの修理が来るし、海外のベテランもしょっちゅう来日する。最高峰のつくり方から副資材の考え方まで徹底して吸収することができました。イタリアの老カッターがパンタローネはインポルタンテ(=重要)と口癖のようにいっていて、あるいはかれに刷り込まれたのかも知れない(笑)」
そうして生まれたのがイタリアをも凌駕する立体的なパンツであり、尾作がこれまでに培ったものを落とし込んだ既製品とパターンオーダーのブランド〈m039〉であり、パンツ職人を意味するパンタロナイオという肩書きだった。
愛娘とアイスを潤滑油に
“くり”をタイトにしつつ、アイロンワークで股下に膨らみをもたせて後ろ身頃を大きくとる。そのままだとだれるので、ベルト部分を大胆に湾曲させる(腰へのホールド感が増す効用もある)――尾作が一本22時間かけて仕上げるパンツの要諦は「型紙のルールを適度に超えながら、ハンドプレスで身体に沿わせる」構造にある。これを端的にあらわすのが、エム字カーブと呼ばれるシルエット。太腿とふくらはぎの形状を反映させたものである。
<m039>は三越伊勢丹のオファーで実現した、そんなかれの設計思想を日本が誇るパンツ・ファクトリー、エミネントがカタチにしたオリジナルだ。
「既製服を知らなかった私にとって、そのレベルの高さは驚嘆に値しました。効率優先の思想とは一線を画しており、ウエストの芯のあしらいなど申し分がなかった。内装も理にかなったシンプルなもの。世界を見渡してもまれな尻グセのプレス機もあって、エム字も具現できるとわかった。とはいえファクトリーの生産態勢とは相容れない部分もありますから、現場とは険悪な雰囲気になったこともあります(笑)」
尾作のモノづくりをファクトリーに落とし込もうと思えば、地の目がくるう。無地なら問題ないが、チェックなど柄物だとそのズレがあらわになる。ファクトリーはとうぜん許容できない。尾作の提案は一度は突っぱねられたが、バイヤーの一言が担当者の心を氷解させる。従来不良とされるものでも、それが穿き心地を踏まえた結果であることが説明できればむしろセールストークになるのではないか――。
2012年にローンチした<m039>は無数のパンツをみてきたバイヤーをして、「日本人のための理想のクオリティを達成した。われわれの体型を知り尽くした両者のタッグは1+1を3にも4にもした。試して損はさせません」といわしめた。
現在の尾作は<m039>のほか、個人客のビスポークとアウトワーカーの仕事を同時進行しており、文字どおり休みなく働いている。なんだか格闘漫画みたいだけれど、めぐまれた体躯からは精気が溢れ出している、ような気がする。大盛況のトランクショーを終えてぼくらが待つ部屋にやってきた尾作はさながらリングから降りたばかりのボクサーだった。
緊張感がきしまないようにする潤滑油は愛娘とのデートと仕事帰りにミニストップで買うアイスという。チャーミングな笑顔をみて、ギャップはすんなりと腑に落ちた。
Text:Takegawa Kei
Photo:Ozawa Tatsuya
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