2016.02.14 update

【インタビュー】高野 圭太郎|枯れた靴

その半生が一冊の本にもなった伝説の靴職人、関信義。生ける伝説が弟子とみとめたビスポークシューメーカー、高野圭太郎が本格的にマシンメイドのプレタポルテを始動させる。


高野 圭太郎
靴専門学校のエスペランサ靴学院を卒業後、日本が誇る靴職人、関 信義に師事。金沢の名店「KOKON靴店」のビスポーク部門を担当し、職人としての腕を磨く。2008年、<クレマチス銀座>をスタート。

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卵形の女性の顎を思わせる控えめだが、凛としたノーズ・シルエット、つややかな、肌理の細かなレザー、やわらかなアールで構成されたパターン、繊細なステッチ・ピッチ。端正な佇まいにひとめで溜息が漏れた。

はるか昔のビスポークシューズと見紛う風情は、高野が手がけていると知ればなおさら驚く。高野はどちらかといえば、教条的な思想と距離を置き、生まれ育った現代の空気をストレートに表現する作風で知られていた。メリハリを効かせたグラマラスなフォルムは、古着屋通いをし、デニムをこよなく愛し育ったシューメーカーでなければ出せない、モダン・クラシックというお題に対するもっとも優秀な回答例だった。


途中から色を変えたシューレースやサイドにあしらったメダリオンなど、巧妙に隠された高野ならではの遊び心が効いているのもあるが、あらためて見入って、そのようなギミックにとどまらない、ビスポークと通底する唯一無二の手触りが感じられた。

そこにはふたつのポイントがある。ひとつは製造レベルの高さ、もうひとつは高野を徹底してしごいた関の背中だ。


ビスポークへのとば口

 
製造を担ったのはジョーワークスという新進ファクトリーだ。知る人ぞ知る浅草の名ファクトリー、セントラル靴から独立した若手がスタートさせた。

「10年来の付き合いになります。一人立ちすると聞いて、なにか面白いことができたらと試しにプロトをつくってもらったんです。これが田代(三越伊勢丹 紳士靴 アシスタントバイヤー)さんの目に留まってトントン拍子でデビューが決まりました」

田代はいう。

「ビスポークの導入編となるコーナーを構築したかった。ビスポークの職人が監修する工場生産のプロダクトはまさにわたしが思い描いていた方向性でした。プロトをみて半年、ブラッシュアップしてきたサンプルは想像をはるかに超えていた。どんなに美しい木型でも釣り込みひとつでがらりと印象が変わる。有機的なシルエットは手釣りを採り入れているから可能となるものです。アッパーやコバの風合いも惜しみなく手をつかった賜物。まさにハンドとマシンのブリッジゾーンでした」


しかしやはりなんといっても見逃せないのは、関という職人の薫陶を受けたことだろう。

ヴォイス、マービンズ、プロペラに足繁く通った学生時代を経て、エスペランサ靴学院に入校、平面が立体になる面白さに惹かれ、革が化けると書いて靴になるのももっともだなぁと感じ入った高野。学校の授業で飽き足らなくなると講師のひとりをくどいて私塾を開かせてしまう。前のめりの性分でたぐり寄せたのが関だった。

関のノンフィクションにもあるように、いまどきの若者だった高野はこっぴどく叱られる毎日だった。食いしばってその時代を乗り切ることができたのは、職人・関の圧倒的な存在感にからめとられてしまったからだ。そうして関もみとめる“枯れる”境地を手に入れた。


「これ見よがしなところがなくなることを職人の世界では“枯れる”といいます。それには作業のすべてを身体に叩き込み、指が工具の一部にならなければなりません。しかし腕を磨くだけでは足らない。親方に学んだのはプロとしての気概でした。プロの気概とは、金のためでも、自分のためでもなく、履き手のために、というスタンスです」

プレタポルテはコツコツやってきた17年が正しかったことの証明であり、枯れた職人でなければ具現し得なかった領域にある。直截にあらわれているのは、みずから削りあげた木型だ。内面からにじみ出てくるものだけで勝負したシェイプは噛めば噛むほど、取り澄ましただけの料理とは異なる滋味があふれてくる。いうまでもないが、ビスポークとプレタポルテの差は出汁のさじ加減にあって、根っこはなにも変わっていない。


左/「クレマチス銀座」店内に並ぶビスポークシューズの数々。右/2月17日(水)からイセタンメンズで展開をスタートするプレタポルテライン。


クレマチス銀座
東京都中央区銀座1丁目27-12 銀座渡辺ビル 2F
http://www.clematis-ginza.com/

Text:Takegawa Kei
Photo:Ozawa Tatsuya

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