2016.01.21 update

【インタビュー】ヒラリー・フリーマン|愚直を地でいく、<EDWARD GREEN/エドワード グリーン>という本物の老舗

三越伊勢丹・紳士靴バイヤーの中村良枝が信頼に足るブランドと言ってはばからないのが<エドワード グリーン>である。しかしそれももっともだろう。ラスト202、ドーヴァーといったシューヒストリーに金字塔を打ち立てた木型やモデルがいまなお主役を張っているのだ。2014年に彼らが駒を進めたマスは、いずれも驚かざるを得なかった。


イギリスらしいイギリスの紳士靴といえば、それなりに靴を知っている人であれば十中八九、<エドワード グリーン>の名をあげる。同名のシューメーカーが1890年、紳士靴の聖地であるノーザンプトンで創業した小さな工房は卓越した技術で名声を欲しいままにした。

今となってはまさに“災い転じて福となす”だったけれど、あまりに愚直な工房は時代の歩調と合わなくなり、経営は徐々に下降線を描きはじめる。進退きわまったとき、その名の消えることを惜しんで負債額+1ポンドで買収したのがジョン・フルスティックだった。フルスティックはイタリアで活躍していたデザイナーで、英国靴といえばブラックしかなかった時代に手染めのブラウンをリリースして世の紳士を熱狂させた。軌道に乗せると名門のプライオリティだった品質を重視した少量生産をさらに研ぎ澄ました。インサイド・ストレート、アウトサイド・カーブという足なりのラスト202を具現したのもこの男だった。


「あなたたちはジョンとの時間をたっぷりと過ごしてきたわ。やるべきことはわかっているはずよ」

2000年3月。フルスティックの訃報を聞いた、右腕だったヒラリー・フリーマンは翌朝の工場でそう宣言して、職人たちの動揺を沈めた。

「私はもともと仕入れを担当するスーパーマーケットのスタッフでした。常に外の世界と接してきた私はいろんなものに興味があった。そろそろ次のステップを、と考えていたときに出会ったのがジョンだったのです。そうして<エドワード グリーン>で働くことになった。老舗の虜になるまで大して時間はかからなかったわ。敬愛するジョンが亡くなって身を引き裂かれるような思いでしたが、そのとき私の頭にあったのは<エドワード グリーン>の火を絶やさない、ということだけでした」

老舗たる所以



2014年、<エドワード グリーン>は本丸であるジャーミンストリートの店をリニューアルし、併せてロゴを変え、新たなラストを続々と完成させた。ヒラリーはまさに石橋を叩くように価値を高めてきた。そんな姿をみて、僕らは老舗とは不変であると認識していたが、どうやらそれは誤りだった。

「誤解していただきたくないのは、我々が目指しているのはエボリューションであり、レボリューションではないということです。最新作のラスト915は202がベースにある82の爪先をミリ単位で伸ばしており、エッジのシルエットは888を踏襲しています。積み上げたものがなければ生み出せなかったでしょう」

確かにモダンな佇まいだが、見る人が見ればグリーンのDNAを受け継いでいるのはたちどころに理解できるだろう。かつてジョン・フルスティックは一目でそれとわかる顔を守りつつ、中身を改良し続けるポルシェのような靴を目指したいと語っていたが、彼の遺志からはいささかもブレていないのである。


「世界をまわって、じっくりと探ってきた一手であり、決して唐突なものではありません。数年前からあたためてきて1年かけてカタチにしました」

老舗の気概は古き良き生産背景を堅持したスタンスにも現れている。穴飾りはいまだに手作業に頼っているし、ラスティングはマシンとハンドの併用で行う。アイコンであるスキンステッチはずっと猪のヒゲの針をつかっている。一度絶えた職人技の復活は至難の業であり、職人の仕事は今も昔もプロダクトの魅力を押し上げる。

例えば、ラスト915のコレクションに見られる出し縫いの処理。グッドイヤーウエルト製法に本来あるべきコバのステッチが確認できず、かわりにメスを入れたような切れ込みがある。ステッチはスリットのなかだ。ファッジド・ウェルト・ステッチングと呼ばれるもので、流麗なシルエットの美しさがさらに際立っている。
そのような態勢が保たれているのは、ファミリービジネスが揺るがないからだ。職人も代替わりがはじまっているが、多くは<エドワード グリーン>とともに生きた職人の息子や娘という。


「私どもはラスト202やドーヴァーを過去のものとするつもりはありません」

しかしなんといっても卓見だったのは、ヒラリーはこれまでのモデルを厄介払いしなかった。男女関係なら上書き保存が潔くていいけれど、老舗はそうはいかない。いや、上書きを選ぶ老舗もある。その道を歩まなかった<エドワード グリーン>はやはり愚直という形容がしっくり来る。

新旧のモデルを並べてわかるのは、旧作がなお瑞々しさを失っていない点だろう。デジタルガジェットに顕著だが、ふつう、新製品が売場に投入されるとそれまで使っていたモデルは色褪せてしまうものだ。そして、並べて違和感のない新作もまた、時代を超えて愛される可能性を秘めている。

Text:Takegawa Kei
Photo:Ozawa Tatsuya


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