アイビー/プレッピーが愛され続ける理由
もし「世界ファッション遺産」という制度が制定されれば、メンズ部門ではサヴィル ロウ仕立てのスーツにボウラーハットという英国紳士のスタイルとともに、ボタンダウンのシャツにコットンパンツ、ローファーというアメリカのアイビー/プレッピールックも文句なく第一順で認定されるだろう。
言うまでもなく、アイビー/プレッピールックとは、アメリカのエリートたちが学ぶ東部のアイビーリーグ所属の8大学や、それらの大学への進学をめざすプレップスクールの学生たちの、主に1960年代のキャンパスファッションのことだ。
いまではメンズウエアの基本中の基本とも言えるオックスフォードのボタンダウンシャツやチノパンツも源流はここにある。アメリカのファッション業界でもアイビー/プレッピールックは、ときに応じたお色直しを施され、何年かに一度は必ずトレンドとして浮上する。その廃れることのない「アメリカっぽさ」具合は、アメリカンフットボールやフォード マスタング、ホットドッグ並みだ。
清潔感があってスポーティ。チェックやストライプなどの柄づかいが楽しげで、どこかにアイビー校のお手本である英国のオックスフォードやケンブリッジ大学の薫りがする。その着こなしにはひねくれたところや、社会への疑念や反抗的な表現など1ミリも見当たらない。いかにもスクスクと育った良家のアメリカ青年というイメージで、いまでもぼくたちに「希望」や「未来」を感じさせてくれる。
1970年代以降、アメリカは幾度も大きな社会変化の波に晒される。長引くベトナム戦争と厭戦心理。しばらく続いたヒッピームーブメントも、その反動か、一転金儲け主義がはびこり、80年代には映画『ウォールストリート』に象徴されるバブル時代を迎えるのだが、90年代の幕開けとともにそれが崩壊すると、新たな戦争とIT、そしてグローバル化の時代に向かう。
つまり、1960年代というのは、アメリカ自身も国の未来に疑いを持たず、ひたすら栄光を信じられた最初で最後のディケイドだったのですね。そのシンボルのひとつがアイビー/プレッピールックなわけで、繰り返し登場し、その度に歓呼で迎えられる背景には、60年代というゴールデンエイジに対する捨てきれない憧憬が多分にあると思う。
[はやし しんろう] 服飾評論家。雑誌「メンズクラブ」の編集長や「ジェントリー」の創刊編集長を経て、服飾評論家に転身。現在は、雑誌やカタログ、WEBなどで活躍。学生時代にアメリカへ留学した経験や、編集者時代に培った海外に関する知見に裏付けられた原稿執筆にも定評がある。映画やお酒、シガーといった、メンズファッション以外の分野の造詣も深い。