2020.09.18 update

【対談】慶伊道彦×〈テーラーケイド〉山本祐平による、映画に学ぶトラッドの本質とは|Trad Channel Vol.1

日本橋三越本店は、世代を超えてトラッドを楽しむことをテーマに「Trad Channel」をスタート。記念すべき第1回は、YouTubeチャンネル『Kay_Standard_Style_TOKYO』を主宰する慶伊道彦さんと、渋谷・テーラーケイド店主の山本祐平さんをお迎えして、日本橋三越本店 本館2階 オーセンティッククロージングにて8月29日(土)にトークショーを開催しました。

トラッドの達人が、実際のコーディネートを交えた着こなし方の指南、装いに影響を受けた往年の映画と共にトラッドのアイコンアイテムについて語ります。

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秋の入口へ。まずは、トラッドの達人たちの着こなしを拝見


慶伊 道彦(以下、慶伊) 今日のスタイルは山本さんに10年ほど前に作ってもらった一番好きなニューポートブレザーに、ヘビーリネンのホワイトパンツを合わせました。着こなしは映画『華麗なるギャツビー』(1974年)の主役、ギャツビー(ロバート・レッドフォード)の相手役のニック(トビー・マグワイア)がパーティーに行くイメージですね。ネイビー×白にレジメンタルタイだけだと30年代になるので、キャップとスニーカーで今日的な味わいを出しました。

山本 祐平(以下、山本) 慶伊さんのブレザーのオーダーは、「デニムなどヘビーウエイトなものと合わせられる、ツィードジャケットを着るような感じで着られるブレザー」だったので、ヴィンテージのホップサック素材を選びました。パンツのセレクトもさすがですね。

慶伊 ヘビーリネンはシワになりにくく、秋口にも穿けるので重宝しています。


山本 僕はテーラーとして慶伊さんのワードローブを手がけていますが、四季に応じてワンシーズンに2着ずつぐらいオーダーをもらっています。慶伊さんの凄みを感じるのは、仕上がってもすぐ袖を通さずに1年ほど寝かせて、ブレザーを眺めているうちに、着こなしのアイデアが出てくる。イメージとカタチが整ってきたら、凄いコーディネートで僕の前に現れます!素材の活かし方などをうまくまとめる達人ですね。

慶伊 そういう山本さんも一筋縄ではない着こなしですよ。


山本 僕が着ているマドラスチェックのジャケットはヴィンテージに見えると思いますが、〈フォックスブラザーズ〉が作っている現行の素材で、サマーウールの「ダークマドラス」です。ビジネスマンが仕事で着るのに提案されたチェックです。
ダークマドラスに白のボタンダウンシャツ、黒のニットタイ、グレーパンツ、ジャケット以外は引き算をするのがゴールデンエイジの着こなし方。僕のイメージは、NYで働いている人とはちょっと違う、50~60年代のジャズミュージシャンの粋な着こなしです。

トラッドの基本アイテム「ブレザー」を主役に、ワードローブで四季を感じ楽しむ

山本 日本には四季がありますが、僕は人の装いを見て四季を感じるのが好きです。慶伊さんがシアサッカーを着始めると初夏を感じ、栗色のコーデュロイスーツを見ると初秋を、風が強くなる頃にグレーのヘリンボーンジャケットを着ているのを見ると冬の訪れを感じます。


慶伊 私は9月と10月はブレザー中心の着こなしで、この2ヵ月はガマンの時(笑)
来る11月から始まるツィードやコーデュロイ、フラノなどの秋冬らしい素材を着るのを楽しみに待つ期間です。同じように3月と4月もブレザーの登場が多いですね。
ブレザーの良さは、セーター1枚で季節感を出しやすいこと。紺ブレだけだとワンパターンなので、カシミアの薄いセーターを着たり、ディレクター風に肩に掛けたり、腰に巻いたり、着こなしの色合いは柔らかいセーターで作ります。

山本 ブレザーほどその人のパーソナリティーが出せるアイテムはありません。人それぞれのネイビーブレザーのコーディネートがあって、パーソナリティーが出てくるのですが、当たり前の着こなしだけど、逆に難しい!

慶伊 一つに絞ることで変化がつけにくいけど、学ぶことでセンスを磨くことができるのも面白いところですよ。

山本 アンディ・ウォーホルは、〈ブルックスブラザーズ〉のフランネルブレザーにボタンダウンシャツ、レップタイ、〈リーバイス〉501ジーンズを常時愛していたけれど、当たり前の平凡な着こなしをしてもアーティストにしか見えないですね。〈ブルックスブラザーズ〉のブレザーが、最先端のモードでパッションな服に見える。それぐらいパーソナリティーが出るわけです。

ここから本題。映画を観て、トラッドの奥深さ、面白さを体感しよう


山本 僕が中学生の時に観る機会があって、ずっと追いかけてきた映画があります。それは『真夏の夜のジャズ』(1959年)という、1958年のアメリカ最大級の音楽フェスティバル「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」を捉えたドキュメンタリー映画ですが、一番面白いのは観客の着こなしなんですね。ジャズマンやアイビーなど、当時の風俗がドキュメンタリーとしてスケッチされていて、何度観てもファッショナブルで色褪せません。慶伊さんの映画の見方も独特ですよね。

慶伊 僕は、まず1回観て、2回目は字幕なしで観て、3回目は細部をチェックするという・・・最低3回は観ます。小説と同じで、1回見ただけじゃわかりません。


*トークショー当日、会場内に装飾の一部として持ち込まれたさまざまな映画・雑誌の資料。

山本 私たちの職業上、細かいディテールを観察して、着こなしの背景を考え、テーラリングに落とし込むのを習慣にしていて・・・、これはもうクセですよね(笑)。
コートの後ろ姿、ズボンの丈、襟の調子など、ゴールデンエイジの映画はまさに宝庫。お客さんにもよくすすめています。

慶伊 例えばお客さんに、どんな映画をすすめているんですか?


山本 映画『大脱走』(1963年)のスティーブ・マックイーンは、A2フライトジャケット、スウェットセーター、ミリタリーパンツを着ていて、あの人のノンシャランな雰囲気とともに、初めて観た若い世代には強烈な印象があるようです。
あと、『タクシードライバー』で、ベトナム戦争から帰ってきたトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)が、タンカージャケット、ネルシャツ、デニムパンツ、ウエスタンブーツを街で着ているのを真似たりとか。

慶伊 なるほど。マーティン・スコセッシ監督の『ニューヨーク・ニューヨーク』(1977年)で、1945年8月15日のNY、対日戦勝で街中が湧いている中、ロバート・デ・ニーロが軍服を床に落としてコンビの靴で踏みつけて、アロハシャツで颯爽とパーティーに行くのも印象的ですよね。いろんな意味が込められている。

山本 さまざまな映画がありますが、必ず服は出てくるわけで。ミリタリー、スポーツウェア、ウエスタン、ワークウェアなどから生き残ったものが、皆さんがご存知の現在のワードローブ=定番となっているのです。

ケーリー・グラント、ウディ・アレン、そして慶伊道彦に共通するものとは?


慶伊 映画スターなら、50歳を過ぎたケーリー・グラントは本当にカッコイイです!グレースーツにグレータイしか身に着けないんですが、そこに磨きがかかってくる。「削ぎ落としていく」ことを彼と映画で学びましたね。

山本 ケーリー・グラントは「引き算が上手」なんです。髪の色と背広の色とネクタイの色がだいたい同じで、シャツはいつも白で、靴は黒の短靴と超シンプル。ただ凄いのは、タキシードだろうが、スポーツジャケットだろうが、基本的には“同じテンション”で着こなしている。タキシードだからと気負わない。

慶伊 削ぎ落としていくと言いましたが、若い人はダメですよ。若い人はいっぱい服を買って、着てください(笑)。似合うかどうかは着てみないとわからない!

山本 あと、ウディ・アレンもそうです。ツィードジャケットにチノパンで街を歩くときも、タキシードでパーティーへ出るときも、“同じテンション”。
そしてもう一人、慶伊さんもそう。〈テーラーケイド〉で誂えた服も、〈ブルックスブラザーズ〉のコットンジャケットも、短パンでも、同じテンションで着こなして、「慶伊道彦さん」になる。 これぞまさにウェルドレッサーの証しで、私なりの最上級の褒め言葉なんですが、次の世代に伝えなきゃいけないキーワードかもしれません。

慶伊 失敗を積み重ね、私も50代になりケーリー・グラントと同じように、派手なものは買わなくなりました。服の組み立てを考えてから買うようになり、スリーピースでもバラバラに組み合わせると、10通りぐらい着こなせます。そういう組み立てしやすいものが重宝しますね。

世の中「トラッド難民」と言うけれど、トラッドの面白さ・魅力を再確認しよう


山本 特に慶伊さんはワードローブとの向き合い方が素晴らしい。今日のブレザーも最近また着ているのをよく見るようになりました。

慶伊 山本さんに作ってもらって、2~3年着て、そこから割とタイトなシルエットの時代になったので着なくなり、去年から肩がドロップするシルエットが出てきたのでまた着るようになりました。ブレザーが定番だから何も考えずに着るのではなく、サイズ感のセンスが必要なので、そこは常に磨き続けなければなりません。

山本 ウェルドレッサーの鏡ですね。ウェアは自分の相棒で、細部の積み重ねがその人のパーソナリティーになります。選んで、失敗して、映画を観て共感して、自分に似合うモノがわかって、コーディネートして楽しむ。やがてはクローゼットで「10年後も着られるワードローブ」になる。自分事だからこそ、着た時に気持ちが高まるような感覚も大切にして欲しいですね。


*会場内ではトラッドをキーワードに各種ウェアも揃えられ、二人のトークとともに具体的な提案も行われた。

慶伊 そう、これから秋冬シーズンが始まりますが、秋冬モノを買う前に観てほしい映画をお教えしましょう。ロバート・ベントン監督によるサスペンススリラー『殺意の香り』(1982年)です。ニューヨークの精神科医サム(ロイ・シャイダー)は、グレーと茶のヘリンボーンジャケットにハイネックのボタンダウン、黒のニットタイですがという服装ですが、この映画を観ると〈テーラーケイド〉へ行きたくなりますよ!スタンダードのお手本です。

山本 僕がよく言っている「トラッド難民」とは、オーソドックスなモノが欲しいのに手に入りにくい時代になっていることですが、1億人の中の1%のハードコアな人たちは、いつの時代も息づいています。「ファッションは、好みじゃなくて周波数」の合う合わないではないでしょうか。僕や慶伊さんと周波数が合う同士たちにメッセージを送って、次の世代に続けていきたいと常に思っています。



慶伊道彦●けいい みちひこ
1976年、青山にてネクタイブランド〈フェアファクス〉を創業。東京発“ボールドトラディショナル”を切り口にし、ドレスシャツも手掛けていた。〈フェアファクス〉という社名は、当時ワシントンにあったフェアファクスホテルからインスパイアしたもの。現在は後世にトラッドマインドを継承すべく、『Kay_Standard_Style_TOKYO』にてYouTubeチャンネルを開設。アイテムを切り口にした着こなしの提案や参考にしたい映画の紹介で人気を博している。ラルフ ローレン氏と初めて契約をした日本人というのも知る人ぞ知るエピソードとなっている。


山本祐平●やまもと ゆうへい
〈テーラーケイド〉店主。彼のスーツの原型は1900年代初頭にアメリカで完成した、三つ釦段返り&ナチュラルショルダーのナンバーワンサックスーツ。身体に沿わせた自然なウエストは山本氏のこだわりの一つだ。古き良きウェルドレッサーたちが着ていたような、着た時に余裕のある雰囲気が漂い、着る人の内面の魅力を引き出す、日本でいう『トラッド』とは一線を画す、正統派スーツを生み出し続けている。

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Photo:Taku Fujii
Text:Makoto Kajii

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