美術評論家の遠藤水城氏は「坂本和也は若い、いまだ有名とは言い難いペインターだ。しかし、私たちは彼の絵画に注目する必要がある。なぜなら彼の絵画がすでに完成していることが明らかだからだ。それは「おおらかさ」と「苦しさ」の共存という、これまで誰も試さなかったタスクを極めたという意味でもある」と書いている。
「誰も試さなかったタスク」ならば、島地のほうが上手であろう。『うろつき夜太』とは、近代文芸史に於ける伝説といわれる柴田錬三郎の歴史小説である。1973年から74年まで、週刊プレイボーイ(集英社刊)誌上の連載小説は、40年以上前に島地が編集を担当した作品だ。週刊誌のカラーページを割いて横尾忠則が挿絵を描いた異色のコラボである。物語には、なぜかジョン・レノンが登場し、フランス革命に巻き込まれ、じつにアバンギャルド。しかも柴田と横尾の2人をホテルに缶詰にして連載させるという執筆形式や、遅筆により次章が締め切りに間に合わない作家が、ただ只管に「書けない言い訳」を書き連ねたり、横尾の未完成の絵をそのまま掲載する暴挙や、校閲の赤字が入った校正紙を本誌面に掲載するなど、後世にまで語り継がれる奇作である。その原画の一枚が、サロン・ド・シマジのカウンターを背にした真正面に飾られている。
「絵の左側が黒い帯になっているだろう。これは挿絵が締め切りまでに完成しなかったのだ。印刷が間に合わないからとぶった切って入稿したものだ。いまなら考えられないことだがね。当時より、いまのほうが印刷の技術力が向上していて、インクの発色の良いが皮肉だがね」。
そういって復刻版の『絵草紙うろつき夜太』をめくりながら、若きアーチストにもっと大きな絵を描けとけしかける島地は、まるで担当編集のようだ。
「貴方の作品は、大きくてモダンなビルの玄関に置いたら映える。知り合いがビルを作ると聞いたら間違いなく紹介しよう。だからもっとデカイ絵を描くといい。絵の中には、いたずらで生き物を紛れ込ませておくのはどうだ。水草でいっぱいの平和な世界に、ほんの2匹でいい。買った人が1年経って、ようやく見つけることができるぐらいの命だ。小さな子どもの純真な目で、ようやく見つけられるような生き物だ。こっそり描くのだ。けれど描いたことを、人に言っちゃいけない。必ず秘密にしておくのだよ」。
installation view at nca | nichido contemporary art 2016
photo by Kei Okano
来年2月に坂本の出身地である、鳥取県米子市美術館で個展が決まった。いま毎日のように、作品を描き続けているという。
「展示会場にいると落ち着かない。スタジオに篭って絵を描いているほうがずっと気楽でいい。ここも人が多くて緊張します。このような対談は、初めてなのです」。
「なぁに、みんな八百屋の野菜だと思えばいい」。
そうしてまた「貴方は必ず有名になる」と島地は繰り返した。カウンターバーの薄明かりの下、名画と才能とスパイシーハイボールに少し酔っているように見えた。
Text:Ikeda Yasuyuki
Photo:Fujii Taku
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