粋な男にふさわしい靴
1986年はインポートシューズ元年だ。かんたんにいえば、それまで制限のあった革靴輸入に対する取り決めが、税金さえ払えば何足入れてもいいですよ、という風に変わった。その制度を、tariff-rate quotaの頭文字をとってTQ制という。日本語にすれば関税割当制となる。とうじ200万足に満たなかった輸入足数はいまや10倍の規模に達している。
その翌年に呱々の声をあげたのが、高橋が代表を務めるハイブリッジインターナショナルだった。
ヴァンヂャケットをとっかかりにファッションに目覚めた高橋は高校時代のほとんどをアメ横で過ごした。松戸から北千住の学校に通う少年は、しかしまだ「服屋は敷居が高い」と感じて和菓子屋の喫茶コーナーをアルバイト先に選んだ。稼いだ金はミウラや玉美、るーふなど伝説の店につぎ込んだ。
仲間にはスケボーのチャンピオンがいたりして、競うようにファッションにのめり込んでいった。そんな見栄っ張りを拗らせて、この業界に入ってしまったと笑う。文化服装学院に進んだ高橋はシップスのアルバイトを経て青山のインポートショップ、オイスターに就職、数年家業を手伝ったのち、ハイブリッジインターナショナルを創業する。
数あるアイテムのなかで靴に焦点を絞ったのは、「もっとも個性が出る」からだ。目立たない足元で、全体重を支えてくれるそのアイテムとの接し方には、たしかに履き手の人間性があらわれて面白い。履き込むほど表情豊かになっていく革、足をかたどる造形美——単純にプロダクトとしての奥行きも深い。高橋が引っ張ってくる靴は骨太で道具然とした佇まいがある。それなりにミーハーだよとおどけるが、根っこはぶれることがなかった。
地方出身者と違って、失敗したら帰ればいいというわけにはいかない。どうしたって控えめになるんですと語っていた生まれも育ちも下町のデザイナーがいたが、和菓子屋でボーイをした高橋にも似た空気を感じる。
ブランドを立ち上げた理由を尋ねたら、「もう先も短いしね」とけむに巻く。飄々として、つかみどころがない。なにかの拍子に口をついた「おヒョイさん、いいよね」というコメントを聞いて胸にすとんと落ちた。先日惜しまれつつ亡くなったおヒョイさんこと藤村俊二は軽妙で洒脱な人となりで茶の間に愛された。そして、節度ある装いを頑固に守った。
そういえば、ブランド名は世界一高い橋からとった。高(い)橋である。
Text:Takegawa Kei
Photo:Suzuki Shimpei
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