Vol.1 baanai | 劣等感が生んだ、圧倒的なオリジナリティ(2/2)
- 02.27 Wed -03.26 Tue
- 伊勢丹新宿店 メンズ館2階 メンズクリエーターズ
「あのころは人生のどん底。精神的にも追い詰められていました。でも、一度きりの人生、自分が本当にやってみたかった夢に、本気でチャレンジしてみようと思ったんです」
それから3カ月。外部との連絡を絶って、絵を描くことだけに集中した。そして、初めて他人に見てもらうためのポートフォリオ(作品集)を制作することにした。相手は、コム デ ギャルソン社の創始者であり、デザイナーの川久保玲氏。挑むなら、自分が世界でいちばんすごいと思う人と決めていた。
美大進学の道を断たれて以来、何かに真剣に取り組むことを避けていた。適当にやっていても何とかなる。そんな甘えがいつもあった。才能も、センスも、学歴もない。そう言われ続けて、いつしか自分すらも信じられなくなっていた。でも、もう逃げられない。
「もちろん、自分が勝手に送っただけなので、見てもらえる保証なんてまったくありませんでした。ただ、残されたチャンスはこれしかない。そう思って、“学歴、経歴、受賞歴、一切ありません。作品だけで判断してください”という手紙を添えて、川久保さん宛に郵送したんです」
その2日後、川久保氏本人から連絡があった。そして、2015年春から19年にかけて5度にわたり、彼の作品はコム デ ギャルソン社に採用される。コム デ ギャルソン・オム プリュスのTシャツのグラフィックを皮切りに、顧客へのDMやショッピングバッグ、そして19SSコレクションのアートワークなど、無名ながらもモード界の頂点に立つブランドに負けない力強さに、誰もが目を奪われた。“baanai”と名乗りだしたのもこのころだった。それは、絵の世界で生きていくという決意であり、覚悟でもあった。
「名前は前から考えていたのですが、プロとして活動していたわけではなかったので封印していました。由来は、自分の好きなアーティストから。バリー・マッギー、バンクシー、ジャン=ミシェル・バスキアと、みんな“ba”から名前が始まります。彼らに一歩でも近づきたいという想いで、“baanai”に決めました」
グラフィティ出身ながらアート界で確固たるポジションを築いたバリー・マッギー、覆面アーティストとして命がけで社会の不条理に対してメッセージを発するバンクシー、そしてホームレス同然の生活からストリートでその才能を見出され、一気にスターダムに駆け上がったジャン=ミシェル・バスキア。なかでも、バスキアの存在は特別だった。
「自分のように否定され続けてきた人間は、他人と同じことをやっていてもスタート地点にすら立てません。だから、誰でも応募できるコンクールより、あえて門戸が開いていないところにアプローチしようと思ったんです。そのほうが難しいし、そこでピックアップされたほうが絶対にカッコいいから」
コム デ ギャルソンのために描いたのは、画面いっぱいを“COMME des GARSONS”という文字が埋め尽くす作品だった。baanaiには、いまでもそのアルファベットを世界で最も手描きしたという自負がある。そして、その事実が彼の創作活動を支えている。
「いろんな言葉を探し続けた結果、やっと見つけ出した答えが“ARIGATOU GOZAIMASU(ありがとうございます)”でした。この3年間、ずっとこのメッセージを描き続けています」
自分の意思ではどうにもならない自然を相手に、それでも身を委ねるしかないサーフィンの世界。一方の絵では、何度も挫折や苦悩、そして絶望を味わった。そんな彼だからこそ、たどり着いた、人生に対する“感謝と謙虚”の気持ち。“ARIGATOU GOZAIMASU”は、baanaiにとって、その両方を内包する究極の言葉なのかもしれない。
「心のどこかで、下手でも徹底的に自分を追い込んで、世界でいちばんと思えるくらい努力すれば何かが起こる、と思っているでしょうね。実際に、コム デ ギャルソンではそれが起きた。1年365日1日も休まずに絵を描き続けたらどんなものができるのか、そして世界でいちばん“ARIGATOU GOZAIMASU”を描き続けたらどんなことが起こるのか。これは自分なりの実験であり、挑戦──。奇跡は、再び起きると信じています」
──今回の展示内容についてお聞かせください。
「ここ数年は“ARIGATOU GOZAIMASU”にフォーカスしているので、それを中心に新作をいくつか準備しています。“ARIGATOU GOZAIMASU”という言葉を描き続けるのは、いいという人がいる半面、ありきたりだと思う人もいるかもしれません。ただ、それをやり続けてきたから、今回ギャラリーとは違う場所から声がかかったと思うし、自分のなかでは新たな挑戦ができるのを楽しみにしています」
──絵にするメッセージはどうやって選んでいるのですか?
「生前、三島由紀夫は“あらゆる芸術作品は、霊格が高いものでなければならない”と語っていたそうです。つまり、スピリチュアルで霊格が高いものでないと本物の芸術と呼べないと。その影響もあり、絵に描くメッセージは自分なりの“霊格の高い”言葉を選んでいます。長年、それを自問自答してきた結果、“ARIGATOU GOZAIMASU”にたどり着いたんです」
──自分の作品のどんなところをお客さまに見てもらいたいですか?
「感じるままに、でしょうか。それを前提にしながら、最近は色を重ねることをすごく意識しているので、作品の重層性にも注目してもらいたいですね。インスタにも作品をアップしていますが、やっぱり画面が小さいし、実物だとそれが良くわかると思うので」
イベント情報
baanai 作品展 "inaiinaibaanai"
□2月27日(水)~3月26日(火)□メンズ館2階=メンズクリエーターズ
Photo:Hideyuki Seta
Text:Toshiaki Ishii
お問い合わせ
メンズ館2階=メンズクリエーターズ
03-3352-1111(大代表)
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