絵に描いた餅にしなかった手仕事
<ファビ>は1965年、エンリコとエリジオというファビ兄弟がそれぞれの奥さんとともに立ち上げたシューメーカーであり、ブランドだ。エリジオの息子であるエマヌエレは父に聞かされた昔話を披露してくれた。
「そのころのマルケは一面畑でした。農民は厳しい冬がやってくると、家のなかでできる仕事として靴をつくり始めました。いまでも父は話します。はじめてつくったハンドソーンのモカシンを手にバスを乗り継ぎ、300キロメートル離れたお客さんのところまで通ったもんだと」
そうしてやってきた、猫の手も借りたいほどの空前の好景気。<ファビ>はこれを好機と工場設備への投資を開始する。革の自動裁断機をマルケで最初に導入したのは<ファビ>だった。
順調に拡大路線を突き進む<ファビ>は創業12年目の年にモンテグラナーロの隣町、モンテ・サン・ジュストに12000平方メートルの新社屋を竣工、2004年にはさらに大きな15000平方メートルの社屋をつくった。余勢をかって<マレ>や<バラクーダ>といった気鋭のシューブランドを傘下に収めたのは2008年のことだった。2015年現在、340人の社員を抱え、お膝元のモンテ・サン・ジュストに加えてローマに直営店を出店、輸出比率も70%に達した。
まさに“絵に描いた”ようなサクセスストーリーを支えたのはオートメーション化を進めつつ、職人仕事を“絵に描いた餅”にしなかったことにある。たとえば裁断。いち早く自動裁断の態勢を整えた<ファビ>だったが、いまだ手裁ちのセクションも健在だ。
「最後のところは機械に任せるにせよ、機械を扱う人間には革の知識がなければならないからです。職人としての素養は実際に触れて、みずから裁ってはじめて会得できるものです」
職人ありきの現場を誇るように、靴には染めや底付けを担当した職人の名前が列挙されたタグがつく。その中心人物がこのたびともに来日したジャンニ・スカラフィオッカ。工場の管理からラスト、サンプルの制作にいたるテクニカルな部分の一切を取り仕切っている。イタリアですっかりお馴染みになったフレックス・グッドイヤーを開発したのもこの男だ。その製法は2008年に特許を取得した。
ぼくが生後10ヶ月のときに入社したからすでに49年のキャリアだね──ジャンニに全幅の信頼を置くエマヌエレはうれしそうにいう。ことし65歳になるジャンニは手塩にかけて4人の若手を育てている。技術の継承に関しても<ファビ>は盤石の構えを築いているようだ。
堅固なファミリービジネスもまた、<ファビ>の美徳だ。現場を任されているのはエマヌエレはじめ、エンリコとエリジオの子供たちである。