未だ学びの途中、時計製作にゴールはない
時計に限らず、どんな分野でも、優れた才能は次なるステップを目指す。同士であった天才時計師たちは独立し、あるいは時計ブランドへと転職し、ルノー・エ・パピを離れていった。そしてスピーク・マリン自身もやがて「誰かのためではなく、自分のための時計を作りたい」との想いを強くする。そして2000年に独立。スイス・ローザンヌに程近いローヌに工房を構えた。そこで彼は「ムーブメントの設計、ケースなどの外装の構造、そしてデザインまで、すべてのプロセスを一人で行い、自分自身を表現した」と語る処女作『ファウンデーション・ウォッチ』を作り上げた。
重厚なゴールドのケースと美しい彫金が彩るダイヤルを組み合せた外装に、トゥールビヨンを収めた懐中時計の大作である。それが高い評価を得て、スイス独立時計協会アカデミー『AHCI』のメンバーに推挙された彼は、2003年のバーゼル・ワールドで、トゥールビヨン搭載の腕時計『ピカデリー』を発表する。
これに目を留めたのが、<ハリー・ウィンストン>だった。アメリカを代表するジュエラーは、彼にムーブメントの製作を依頼。2005年に『ザ・プルミエール・コレクション・エキセンター・トゥールビヨン』として世に送り出され、独立時計師ピーター・スピーク・マリンの名を、世界に知らしめた。その後も自身の作品を製作するのと並行し、同じく独立時計師のクリストフ・クラーレ氏やダニエル・ロート氏とタッグを組んだユニークな機構持つ時計を『メートル・デュタン』から発表してきた。
「こうしたコラボレーションは、私の時計製作の経験値をより豊かにしてくれます。彼らから学ぶべきことは、とても多く、私の作品にも様々な影響を与えてくれました。すべての経験は私の人生を豊かにし、作品に生かされるのです」
正式にデザインを学んだわけではない。しかしスピーク・マリンの作品は、クラシックさとモダンさとが調和した個性的な審美性が備わる。ケースは筒型、ラグは直線的と、それぞれのパーツはシンプルだがそれらが組み合わさると、重厚な個性を放つ。やや太めのスペード型の針や、好んで用いるローマ数字のインデックスは古典的ではあるが、絶妙なサイズ感でモダナイズされている。
「時計の修復をしていた頃、個人的に好きだったのは、1940年当時の腕時計のデザインでした。それが、私自身のデザインにも影響を与えているのかもしれません。やはりすべての経験が、時計製作には表れるのです」
また今年、初参戦した国際高級時計サロン『SIHH』では、ミニッツリピーターを作動させると、ダイヤルに置いた一対のスカルが開いてトゥールビヨンが姿を表す『クレイジー スカル トゥールビヨン ミニッツリピーター』を発表。ユニークな遊び心も、彼の持ち味だ。
「死を連想させるスカルは、逆の生を実感させます。そして生と死を司るのは、すなわち時間です。また一対のスカルはカップルとの想定で、閉じた状態では間にハートが象られるようデザインし、これは人生における人との深い関係性に欠かせない愛の表現です。私はこれまで、多くの人と出会う中で様々なことを学び、経験を積み重ねてきました。その人生を時計で表したかった」
これまでの経験や人生が表れる自身の時計製作は、学びの連続なのだと、スピーク・マリンは語る。
「ですから今のこの瞬間も、学ぶ過程の中にいるに過ぎません。そして経験を積み、常に新しい表現が生まれる。来年のSIHHではアッと驚くような、そして今後の時計界に大きな影響を与える革新的な新作を発表する予定です。どうぞご期待ください」
Text:Takagi Norio
Photo:Okada Natsuko
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